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者性之端也樂者之華也

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者性之端也樂者之華也

徳とは、性の端正(たんせい)であり、音楽とは徳の華(はな)である。

金石絲竹樂之器也詩言其志也

金属、石、糸、竹は音楽の器(うつわ)である。詩はその志(こころざし)を言い、

歌詠其聲也舞動其容也

歌はその声(響き)を詠(よ)み、舞いはその容(かたち)を動かすのである。

三者本乎心然後樂氣從之

三者(詩、歌、舞)は本(もと)にするは心で、然(しか)る後に音楽の気がこれに従(したが)う。

是故情深而文明氣盛而化神

この故(ゆえ)に情は深くして文(あや)は明るく、気が盛んにして神に化(か)し、

和順積中而英華發外唯樂不可以為偽

和順(わじゅん)は中(なか)に積(つ)まれて美しい華(はな)は外(そと)に発され、ただ音楽だけは偽(いつわ)りを為すを以ってすることはできない。

樂者心之動也聲者樂之象也

音楽とは心の動きである。声(ひびき)とは、音楽の象(かたど)りである。

文采節奏聲之飾也

文(あや)彩(いろど)り、節奏(リズム)は声(響き)の飾(かざ)りである。

君子動其本樂其象然後治其飾

君子はその本(もと)を動かして、その象(かたど)りを楽しみ、然(しか)る後にその飾(かざ)りを治(おさ)める。

是故先鼓以警戒三步以見方

この故(ゆえ)は先んじて鼓(つづみ)をならして警戒(けいかい)するを以ってし、三歩進んで方(四角 かたどりの意?)をあらわし、

再始以著往復亂以飭歸奮疾而不拔

ふたたび始めて昔を著(あらわ)すを以ってし、ふたたび乱れて帰(き)するをととのえるを以ってし、はげしく奮(ふる)って抜(ぬ)かず、

(也)極幽而不隱獨樂其志不厭其道

奥深さを極(きわ)めて隠(かく)れない。ただその志(こころざし)を楽しみ、その道を厭(いと)わず、

備舉其道不私其欲

その道を挙(あ)げてつぶさにし、その欲(よく)を私(し)さない。

是以情見而義立樂終而尊

ここに情があらわれるを以ってして義(ぎ)が立ち、音楽は終いにして徳が尊ばれる。

君子以好善小人以息過

君子は善(ぜん)を好むを以ってし、とるにたらない者は過(あやま)ちをふやすを以ってする。

故曰生民之道樂為大焉

故(ゆえ)に曰く、民の道を生(う)むは音楽が大と為す」と。

君子曰禮樂不可以斯須去身

君子曰く、「礼、楽はしばらくのあいだを以って身から去らせるべきではない」と。

致樂以治心則易直子諒之心油然生矣

音楽を致(いた)すは心を治めるを以ってすれば、易直(人柄が親しみやすく気性が素直なこと)、子諒(諒は誠実の意)の心が油然(ゆうぜん)とむくむくと生ずる。

易直子諒之心生則樂樂則安

易直(人柄が親しみやすく気性が素直なこと)、子諒(諒は誠実の意)の心が生じれば楽しみ、楽しめは安んじ、

安則久久則天天則神

安んずれば久しくなり、久しければ天で、天であれば神である。

天則不言而信神則不怒而威

天すれば言わなくとも信じられ、神すれば怒らなくとも威厳がある。

致樂以治心者也致禮以治躬者也

音楽を致(いた)すは心を治めるを以ってするものである。礼を致(いた)すは身(み)を治めるを以ってするものである。

治躬則莊敬莊敬則嚴威

身(み)を治めれば莊敬(そうけい おもおもしく慎み深いこと)になり、莊敬(そうけい おもおもしく慎み深いこと)になれば、威(い)を厳(おごそ)かにする。

心中斯須不和不樂而鄙詐之心入之矣

心の中がしばらくのあいだ和(わ)さず楽しまないと、いやしいあざむきの心がこれに入り、

外貌斯須不莊不敬而慢易之心入之矣

外貌(がいぼう)がしばらくのあいだ重々しくなく、慎み深くなくなれば、慢易(まんい あなどる ばかにする)の心がこれに入るのである。

故樂也者動於內者也

故(ゆえ)に音楽なりとは、内(うち)に動かすものであり、

禮也者動於外者也

礼なりとは、外(そと)に動かすものなのである。

樂極和禮極順內和而外順

音楽は和(わ)を極(きわ)め、礼は順(じゅん)を極(きわ)める。内に和(わ)して、外(そと)に順(じゅん)ずれば、

則民瞻其顏色而弗與爭也望其容貌而民不生易慢焉

すなわち、民はその顔色を見てともに争わないのであり、その容貌を望(のぞ)みみて、民は易慢(あなどる ばかにする)を生じないのである。

動乎內而民莫不承聽理發乎外而民莫不承順,

徳は光輝いて動くや内(うち)にして、民は聴(き)くを承(うけたまわ)らないものはなく、理は発せられるや外(そと)にして、民は順を承(うけたまわ)らないものはない。

故曰知禮樂之道舉而錯之天下無難矣

故(ゆえ)に曰く、「礼楽の道を知れば、挙(あ)げてみがかれて天下はわざわいが無くなるのである」と。

樂也者動於內者也

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樂也者動於內者也

音楽なりとは、内(うち)に於いて動くものである。

禮也者動於外者也

礼なりとは、外(そと)に於いて動くものである。

故禮主其謙樂主其盈

故(ゆえ)の礼はその謙(へりくだる)をつかさどり、音楽はその盈(満ちる)をつかさどる。

禮謙而進以進為文

礼は謙(へりくだる)にして進み、進むを以って文(あや)を作る。

樂盈而反以反為文

音楽は盈(満ちる)にして反(かえ)し、反(かえ)すを以って文(あや)を作る。

禮謙而不進則銷

礼の謙(へりくだる)にして進まなければ、消える。

樂盈而不反則放

音楽の盈(満ちる)にして反(かえ)さなければ溢(あふ)れ流れる。

故禮有報而樂有反

故(ゆえ)に礼には報(むく)いるが有って音楽には反(かえ)すが有る。

禮得其報則樂樂得其反則安

礼はその報(むく)いを得れば楽しく、音楽はその反(かえ)すを得れば安んじる。

禮之報樂之反其義一也

礼の報(むく)いる、音楽の反(かえ)すは、その意義は同じである。

夫樂者樂也人情之所不能免也

それ、音楽とは楽しむであり、人情の免(まぬか)れることができないところである。

樂必發諸聲音形於動靜人道也

音楽は必ずもろもろの声(響き)音(旋律?)を発し、動静(動くことと静かなこと)に於いて形(かたち)づくり、人道である。

聲音動靜性術之變盡於此矣

声(響き)音(旋律?)、動静(動くことと静かなこと)、性の術(すべ)の変化はここにことごとくする。

故人不能無樂樂不能無形

故(ゆえ)に人は音楽を無くすことはできず、音楽は形(かたち)を無くすことはできない。

形而不為道不能無亂

形(かたち)づくられて道を為さなけければ、乱を無くすことはできない。

先王惡其亂故制雅頌之聲以道之

先王はその乱を憎(にく)み、故(ゆえ)に雅、頌の声(響き)を制してこれを導(みちび)くを以ってしたのである。

使其聲足以樂而不流使其文足以綸而不息

その声(響き)をして楽しむを以ってするに足(た)りて流れず、その文(あや)をしておさめるを以ってするに足りて休(やす)まず、

使其曲直繁省廉肉節奏足以感動人之善心而已矣

その曲直、繁省、廉肉、節奏(奏=湊?)をして人の善い心に感動させるを以ってするに足(た)りてそれのみであり、

不使放心邪氣得接焉是先王立樂之方也

放心、邪気をして接するを得ることはさせず、ここに先王は音楽の方正を立てたのである。

是故樂在宗廟之中君臣上下同聽之則莫不和敬

この故(ゆえ)に音楽は宗廟の中に在(あ)り、君臣、上下は同じにこれを聴けば、和(わ)して敬(うやま)わないものはいない。

在族長鄉里之中長幼同聽之則莫不和順

族長の郷里の中に在(あ)って、長幼が同じにこれを聴けば、和(わ)して順(じゅん)じないものはいない。

在閨門之內父子兄弟同聽之則莫不和親

閨門(宮中の小門)の内(うち)に在(あ)って、父子兄弟が同じにこれを聴けば、和(わ)して親(した)しまないものはいない。

故樂者,審一以定和,比物以飾節,

故(ゆえ)に音楽とは、一(同じ)を審(つまび)らかにして和(わ)を定めるを以ってし、物をならべて節(ふし)を飾るを以ってし、

節奏合以成文所以合和父子君臣

節奏(リズム)が合わさって文(あや)を成すを以ってして、親子君臣を合和(ごうわ)する所以(ゆえん)であり、

附親萬民也是先王立樂之方也

万民を親(した)しみ附(つ)かせるのであり、ここに先王は音楽の方正を立てたのである。

故聽其雅頌之聲志意得廣焉

故(ゆえ)にその雅、頌の声(響き)を聴き、志意は広(広いこと)を得て、

執其干戚習其俯仰詘信容貌得莊焉

そのたてとまさかりを執(と)って、その俯、仰、詘、信(伸?)を習い、容貌は荘(おもおもしいこと)を得て、

行其綴兆要其節奏

その綴(級)、兆を行い、その節奏(リズム)を要(よう)し、

行列得正焉進退得齊焉

(舞の)行列(ぎょうれつ)は正(まっすぐなこと)を得て、進退(進むことと退くこと)は齊(そろうこと)を得たのである。

故樂者天地之齊中和之紀人情之所不能免也

故(ゆえ)に音楽とは天、地の 齊(そろうこと)、中和の紀、人情の免(まぬか)れることができないところのものなのである。

夫樂者先王之所以飾喜也

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夫樂者先王之所以飾喜也

それ、音楽とは、先王の喜びを飾る所以(ゆえん)である。

軍旅鈇鉞者先王之所以飾怒也

軍旅(いくさ)、鈇(おの)鉞(まさかり)とは、先王の怒るを飾る所以(ゆえん)である。

故先王之喜怒皆得其齊矣

故(ゆえ)に先王の喜怒は皆(みな)その齊(ととのえること)を得たのである。

喜則天下和之怒則暴亂者畏之

喜べば天下はこれに和(わ)し、怒れば暴乱者はこれを畏(おそ)れた。

先王之道禮樂可謂盛矣

先王の礼、楽を導(みちび)くは盛んと謂(い)うべきである。

魏文侯問於子夏曰吾端冕而聽古樂則唯恐臥

魏文侯魏都 は 子夏(卜商 孔子の門人)に問うて曰く、「吾(われ)は礼服、冠をつけて古楽を聴けば、ただねむくなるのをおそれるのみだが、

聽鄭衛之音則不知倦

鄭、衛の音(曲)を聴けばあきることを知らない。

敢問古樂之如彼何也新樂之如此何也

敢(あ)えて問う、古楽の彼の如(ごと)くは、どうしてなのか?新楽のこの如(ごと)くはどうしてなのか?」と。

子夏答曰今夫古樂

子夏(卜商 孔子の門人)は答(こた)えて曰く、「今、それ古楽は、

進旅而退旅和正以廣

大勢を進ませ、大勢を退かせ、和(わ)して正(ただ)すは広(ひろ)いを以ってし、

弦匏笙簧合守拊鼓始奏以文

弦(弦楽器)、匏(笛の一種)笙(しょうの笛)、簧(笛の一種)は、鼓(つづみ)をたたいて守(ふし?)に合わせ、奏(かな)で始めるは文(あや)を以ってし、

止亂以武治亂以相訊疾以雅

乱を止(と)めるは、賦(六義の一つ ありのままをのべとおまわしにいさめる 武=賦?)を以ってし、乱を治(おさ)めるは、頌(六義の一つ 人格や功績をたたえたもの 相(しょう)=頌(しょう)?)を以ってし、心配をききただすは、雅(六義の一つ、政治の得失をうたう)を以ってし、

君子於是語於是道古

君子はこの話しに於いて、ここに於いて古(いにしえ)を語り、

修身及家平均天下

身及び家を修(おさ)めて天下を均(ひと)しく平(たいら)かにします。

此古樂之發也今夫新樂

これが古楽のはじまりです。今、それ、新楽は、

進俯退俯姦聲以淫溺而不止

俯(うつむ)いて進み俯(うつむ)いて退き、不正な声(ことば)は淫(みだ)らを以ってし、溺(おぼ)れて止(や)まず、

及優侏儒獶雜子女不知父子

役者、侏儒(小人)、獶雑子女に及んでは父、子を知らず。

樂終不可以語不可以道古

音楽はしまいまで話しを以ってすることはできず、古(いにしえ)を語るを以ってすることはできません。

此新樂之發也今君之所問者樂也

これが新楽のはじまりです。今、君の問うところのものは楽(たの)しみであって、

所好者音也夫樂之與音相近而不同

好むところのものの音(曲)であります。それ音楽は、音( 曲)と、相(あい)近くして同じではないのです(楽=音ではない)」と。

文侯曰敢問如何

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文侯曰敢問如何

魏文侯魏都曰く、「敢(あ)えて問う、どういうことか?」

子夏答曰夫古者天地順而四時當

子夏(卜商 孔子の門人)は答えて曰く、「それ、古(いにしえ)は、天、地が順じて、四季があてはまり、

民有而五穀昌疾疢不作而無祅祥

民は徳を有して五穀(ごこく)は栄(さか)え、疾疢(病気にかかる)は作られず、祅祥(ようしょう わざわいの前兆)は無く、

此之謂大當然後聖人作為父子君臣以為之紀綱,

これは大当と謂(い)う。然(しか)る後、聖人が父子君臣の為(ため)に作るは、この紀綱(きこう)をつくるを以ってし、

紀綱既正天下大定天下大定

紀綱(きこう)が既(すで)に正されれば、天下は大定し、天下が大定すれば、

然後正六律和五聲弦歌詩頌

然(しか)る後、六律(りくりつ 十二律のうち陽の声に属する音律)、五声を和(わ)し、弦(げん)をならして詩頌を歌い、

此之謂音音之謂樂

これは徳音と謂(い)う。徳音は楽と謂(い)う。

詩曰莫其音其克明

詩経曰く、『その徳音をはかれば、その徳は明をよくし、

克明克類克長克君王此大邦

明をよくすれば、類(たぐい)をよくし、長をよくし、君をよくする。王はここに大いに邦(くに)し、

克順克俾俾於文王其靡悔

順をよくし、俾(したがう)をよくする。周文王姫昌に従(したが)い、その徳は靡(なび)いて大きくなった(悔(かい)=恢(かい)?)。

既受帝祉施于孫子

まもなく天帝の祉(さいわい)をさずかり、孫子(まごこ)に施(ほどこ)された』と。

此之謂也今君之所好者其溺音與

これのことを謂(い)うのです。今、君の好むところのものは、その溺(おぼ)れた音(曲)ですか?」と。

文侯曰敢問溺音者何從出也

魏文侯魏都曰く、「敢(あ)えて問う、溺(おぼ)れた音(曲)とは何から出たのか?」と。

子夏答曰鄭音好濫淫志

子夏は答えて曰く、「鄭の音(曲)は濫淫(みだらなこと)の志(こころざし)を好(この)み、

宋音燕女溺志衛音趣數煩志

宋の音(曲)は女溺(しとやかで溺(おぼ)れていること)の志(こころざし)をたのしみ、
衛の音(曲)は数煩(せめて煩(わずら)わす)の志(こころざし)に趣(おもむ)き、

齊音驁辟驕志四者皆淫於色而害於

斉の音(曲)は辟驕(気ままでわがままなこと 辟=僻?)の志(こころざし)をほしいままにし、
四者は皆(みな)色に於いて淫(みだ)らで徳に於いて害(がい)であり、

是以祭祀不用也

ここに祭祀(さいし)を以って用いないのです。

詩曰肅雍和鳴先祖是聽

詩経曰く、『肅(つつしみ)、雍(やわらぎ)が和(わ)して鳴(な)り、先祖は聴(き)くを是(ぜ)とした』と。

夫肅肅敬也雍雍和也

それ、粛々(しゅくしゅく)とは敬(うやま)いである。雍雍(ようよう)とは和(やわ)らぎである。

夫敬以和何事不行為人君者

それ、敬(うやま)うに和(やわ)らぎを以ってすれば、どうして事が行われないだろうか。人君と為った者は、

謹其所好惡而已矣

その好悪するところを謹(つつし)んでそれのみです。

君好之則臣為之上行之則民從之

君がこれを好めば臣がこれをつくり、上(うえ)がこれを行えば民がこれに従う。

詩曰誘民孔易此之謂也

詩経曰く、『民を誘(いざな)うははなはだ易(やす)し』と。これのことを謂(い)うのです。

然後聖人作為鞉鼓椌楬壎篪

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然後聖人作為鞉鼓椌楬壎篪此六者音之音也

然(しか)る後、聖人は鞉(ふりつづみ)、鼓(つづみ)、椌(柷(しゅく)の小さいもの)、楬(たてふだ)、壎(土笛)、篪(ちの笛)を為して作り、この六者は徳音の音(曲)である。

然後鐘磬竽瑟以和之干戚旄狄以舞之

然(しか)る後に、鐘(かね)、磬(玉や石でへの字形につくり、これをつるしてたたく楽器)、竽(しょうの笛の大きいもの)、瑟(おおごと)がこれに和(わ)するを以ってし、干(たて)と戚(まさかり)、旄(旗)と狄(羽(はね)? 狄(てき)=翟(てき きじの羽)?)はこれを舞うを以ってする。

此所以祭先王之廟也所以獻醻酳酢也

これは、先王の廟(びょう)を祭る所以(ゆえん)であり、主人が返杯を献(けん)じ、客が返杯をさしてすすめる所以(ゆえん)であり、

所以官序貴賤各得其宜也

官の序列、貴賎の各(おのおの)がその宜(よろ)しきを得る所以(ゆえん)であり、

此所以示後世有尊卑長幼序也

これが尊卑、長幼の順序を有して後世に示(しめ)す所以(ゆえん)である。

鐘聲鏗鏗以立號號以立以立武

鐘(かね)の声(ひびき)は鏗(澄んだ音)で、鏗(澄んだ音)は号令を立てるを以ってし、号令は横(水平に広がる)を立てるを以ってし、横(水平に広がる)すれば武(ぶ)を立てるを以ってする。

君子聽鐘聲則思武臣

君子が鐘(かね)の声(ひびき)を聴けば、武臣を思う。

石聲硁硁以立別別以致死

磬(玉や石でへの字形につくり、これをつるしてたたく楽器)の声(ひびき)は硁(石を打つ音)で、硁(石を打つ音)は別(わか)れを立てるを以ってし、別(わか)れは死を致(いた)すを以ってする。

君子聽磬聲則思死封疆之臣

君子が磬(玉や石でへの字形につくり、これをつるしてたたく楽器)の響(ひび)きを聴けば、封疆(境界)で死んだ臣を思う。

絲聲哀哀以立廉廉以立志

糸(弦)の声(響き)は哀(かな)しく、哀(かな)しいは廉(行いが清らかである)を立てるを以ってし、廉(行いが清らかである)は志(こころざし)を立てるを以ってする。

君子聽琴瑟之聲則思志義之臣

君子が琴(こと)瑟(おおごと)の声(ひびき)を聴けば、義(ぎ)を志(こころざ)す臣を思う。

竹聲濫濫以立會會以聚眾

竹(管楽器)の声(響き)は濫(あふれる)で、濫(あふれる)は会(あ)うを立てるを以ってし、
会(あ)うは多くを集めるを以ってする。

君子聽竽笙簫管之聲則思畜聚之臣

君子が竽(しょうの笛の大きいもの)笙(しょうの笛)簫管(しょうの笛)の声(ひびき)を聴けば家畜を集める臣を思う。

鼓鼙之聲讙讙以立動動以進眾

鼓(つづみ)、鼙(攻めつづみ)の声(響き)は讙(かまびすしい)で、讙(かまびすしい)は動くを立てるを以ってし、動くは衆人を進(すす)めるを以ってする。

君子聽鼓鼙之聲則思將帥之臣

君子が鼓(つづみ)鼙(攻めつづみ)の声(響き)を聴けば将帥(しょうすい)の臣を思う。

君子之聽音非聽其鏗鎗而已也彼亦有所合之也

君子が音(曲)を聴くは、その鏗鎗(こうそう 金属や宝玉のふれあう音)を聴いてそれのみでは非(あら)ざるなり、彼(か)のまたこれを合わせるところを有するのであります」と。

賓牟賈侍坐於孔子

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賓牟賈侍坐於孔子孔子與之言及樂曰

賓牟賈が孔子に侍り座(ざ)し、孔子はこれとともに言い、楽に及んで曰く、

夫武之備戒之已久何也

「それ、周武王の戒(命令)に備(そな)えるは非常に久(ひさ)しく、どうしてなのか?」と。

答曰病不得其眾也

答えて曰く、「その衆を得られないことを心配したのです」と。

永嘆之淫液之何也

「永(なが)く嘆(なげ)いて涙を流したのは、どうしてなのか?」と。

答曰恐不逮事也

答えて曰く、「事(こと)に及ばないことを恐れたからです」と。

發揚蹈之已蚤何也

「まさかりを発してきびしく踏(ふ)み行うは非常に早く、どうしてなのか?」と。

答曰及時事也

答えて曰く、「時(とき)に及んで事(こと)したのです」と。

武坐致右憲左何也

「武王は座(すわ)て、右に任(まか)せ、左に示し、どうしてなのか?」と。

答曰非武坐也

答えて曰く、「武王は座(すわ)っていたのではありません」と。

聲淫及商何也

「声(歌詞)が淫(みだ)らで商(殷)に及んだのは、どうしてなのか?」と。

答曰非武音也

答えて曰く、「武王の音(曲)ではなかったからです」と。

子曰若非武音則何音也

孔子曰く、「武王の音(曲)で非(あら)ざるがごとくは、すなわち何の音(きょく)なのか?」

答曰有司失其傳也

答えて曰く、「役人がその伝を失(うしな)ったのです。

如非有司失其傳則武王之志荒矣

もし役人がその伝を失(うしな)うことが非(あら)ざれば、すなわち武王の志はみだれたでしょう」と。

子曰唯丘之聞諸萇弘亦若吾子之言是也

孔子曰く、「はい、わたしは諸(もろもろ)を萇弘(人名 周敬王の大夫)に聞き、またあなたの言のごとく、これであった」と。

賓牟賈起免席而請曰

賓牟賈は立ち上がって席をしりぞいて請(こ)うて曰く、

夫武之備戒之已久則既聞命矣

「それ、武王の戒(命令)の備(そな)えは非常に久(ひさ)しく、すなわちまもなく天命を聞きました。

敢問遲之遲而又久何也

敢(あ)えて問う、治(遅(ち)=治(ち)?)の遅(おく)れるにしてまた久(ひさ)しかったのは、どうしてなのですか?」と。

子曰居吾語汝

孔子曰く、「据(す)われよ、吾(われ)は汝(なんじ)に話す。

夫樂者象成者也

それ、楽とは、成(な)したことを象(かたど)ったものである。

總干而山立武王之事也

たてを統(す)べって山に立つは、武王の事である。

發揚蹈太公之志也

まさかりを発してきびしく踏(ふ)み行うは、太公望の志である。

武亂皆坐周召之治也

武王がみだれて皆(みな)座(ざ)したのが、周公旦、召公奭の治(ち)である。

且夫武始而北出

まさにそれ、武王は、始めにして北に出(い)で、

再成而滅商三成而南

二度目に成すにして商(殷)を滅ぼし、三度目に成すにして南に進み、

四成而南國是疆五成而分陜

四度目に成すにして南国に境界をだたし、五度目に為すにして陜(山あい)を分(わ)け、

周公左召公右

周公旦は左に、召公奭は右に、

六成復綴以崇天子

六度目に為すは綴をもとにもどし、天子を崇(あが)めるを以ってし、

夾振之而四伐盛(振)威於中國也

これを挟(はさ)み振(ふ)るってして四方を征伐し、盛んに威(い)を中国に振るったのである。

分夾而進事蚤濟也

山あいを分(わ)けて進み、事は早く済(す)んだのであり、

久立於綴,以待諸侯之至也。

久しく綴に於いて立ち、諸侯の至るを待つを以ってしたのである。

且夫女獨未聞牧野之語乎

まさにそれ、汝(なんじ)はただ、未(ま)だ牧野の話しを聞いたことがないのか?

武王克殷反商未及下車

武王が殷に克(か)って商に返(かえ)り、未(ま)だ下車に及ばないうちに、

而封黃帝之後於薊封帝堯之後於祝

しこうして、黄帝の子孫に薊を封じ、帝堯の子孫に祝を封じ、

封帝舜之後於陳下車而封夏后氏之後於杞

帝舜の子孫に陳を封じ、下車して夏后氏の子孫に杞を封じ、

封殷之後於宋封王子比干之墓

殷の子孫に宋を封じ、殷王子比干の墓を封じ、

釋箕子之囚,使之行商容而復其位

箕子の囚(とら)われの身を釈放し、これをして商容に行かせてその位を復させた。

庶民弛政庶士倍祿

庶民は政治に弛(ゆる)み、庶士は禄(ろく)を倍(ばい)にした。

濟河而西馬散華山之陽而弗復乘

済、河にして西に、馬は華山の陽に散らばりてふたたび乗ることがなかった。

牛散桃林之野而不復服

牛は桃林の野に散らばりてふたたび服することがなかった。

車甲弢而藏之府庫而弗復用

兵車、鎧(よろい)、弢(弓ぶくろ)にしてこれを府庫にしまいてふたたび用いることがなかった。

倒載干戈苞之以虎皮

たてとほこを倒(たお)して載(の)せ、これを包(つつ)むに虎(とら)の皮を以ってした。

將率之士使為諸侯名之曰建櫜

将帥の士は諸侯と為さしめ、これを名づけて曰く、建櫜、と。

然後天下知武王之不復用兵也

然(しか)る後、天下は武王がふたたび兵を用いないことを知ったのである。

散軍而郊射左射貍首

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散軍而郊射左射貍首

軍を散らせて郊射し、左に貍首(貍はたぬき、 首(しゅう)は或いは狌(しょう いたち)を射(い)て、

右射騶虞而貫革之射息也

右に騶虞(徳を好むという聖獣)を射(い)て、革(かわ)を貫(つらぬ)いて息(いき)を射(い)とめるのであり、

裨冕搢笏而虎賁之士稅劍也

かんむりを被(かぶ)り(裨=被?)、笏(君臣が会合の際に手に持つ細長い板)をはさみて、虎賁(こほん 勇ましい兵士)の士は剣を悦(よろこ)ぶのであり、

祀乎明堂而民知孝

明堂で祀(まつ)って、民は孝を知り、

朝覲然後諸侯知所以臣

朝見して、然(しか)る後、諸侯は臣を以ってするところを知り、

耕藉然後諸侯知所以敬

耕(たがや)し、税をとりたて、然(しか)る後、諸侯は敬(うやま)うを以ってするところを知る。

五者天下之大教也食三老五更於太學

五者は天下の大いなる教えであり、三老五更(天子から父兄扱いの礼をもって待遇された有徳の老年退職官吏)を太学に於いて食俸させ、

天子袒而割牲執醬而饋

天子は肌脱ぎしていけにえを割(さ)き、醬(ひしおみそ)を執(と)りてすすめ、

執爵而酳冕而總干所以教諸侯之悌也

さかずきを執(と)りて酒をすすめ、冠をつけてたてを統(す)べり、諸侯の悌(心からつかえること)を教えるを以ってしたところである。

若此則周道四達禮樂交通則夫武之遲久不亦宜乎

このごとくすれば周道は四達(よんたつ 礼楽刑政)し、礼、楽が交わり通えば、それ、武王の遅(おそ)く久しくとも、なんと宜(よろ)しいではないか」と。

子貢見師乙而問焉曰

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子貢見師乙而問焉曰

子貢(孔子の門人)が師乙に見(まみ)えて問うた、曰く、

賜聞聲歌各有宜也如賜者宜何歌也

「わたしは歌声には各(おのおの)宜(よろ)しきが有ると聞きますが、わたしの如(ごと)くの者は宜(よろ)しく何を歌うべきでしょうか」と。

師乙曰乙賤工也

師乙曰く、「わたしは、賤(いや)しい楽人であり、

何足以問所宜請誦其所聞

どうして宜(よろ)しくすべきところを問われるを以ってするに足(た)るでしょうか。その聞いたところをそらんじて、

而吾子自執焉而靜柔而正者宜歌頌

しこうして、あなたが自ら執(と)ることを請(こ)う。寛(ひろ)くして静かで、柔(やわ)らかくして正しい者は宜(よろ)しく頌を歌うべきで、

廣大而靜疏達而信者宜歌大雅

広大にして静かで疏達(物事の筋道が通っていること)にして信(しん)ある者は宜(よろ)しく大雅を歌うべきで、

恭儉而好禮者宜歌小雅

恭倹(きょうけん 人にはうやうやしくして自分については控えめにすること)にして礼を好む者は宜しく小雅を歌うべきで、

正直清廉而謙者宜歌風

正直、清廉(せいれん)にして謙(へりくだる)する者は宜(よろ)しく風を歌うべきで、

肆直而慈愛者宜歌商

肆直(正直)にして慈愛(じあい)者は宜(よろ)しく商を歌うべきで、

溫良而能斷者宜歌齊

温良にして判断できる者は宜(よろ)しく斉を歌うべきです。

夫歌者直己而陳

それ、歌とは、己(おのれ)にして徳を並べて直(なお)させ、

動己而天地應焉四時和焉

己(おのれ)にして天地の応、四季の和、

星辰理焉萬物育焉

星座の理、万物の育に動かされる。

故商者五帝之遺聲也

故(ゆえ)に商とは、五帝の声(ことば)を遺(のこ)したのであり、

商人志之故謂之商

商(殷)人はこれを志(こころざ)したので、故(ゆえ)にこれを商と謂(い)う。

齊者三代之遺聲也

斉とは、三代(夏、殷、周)の声(ことば)を遺(のこ)したのであり、

齊人志之故謂之齊

斉人はこれを志(こころざ)したので、故(ゆえ)にこれを斉と謂(い)う。

明乎商之詩者臨事而屢斷

明らかや、商の詩とは、事に臨(のぞ)みてはやく断(だん)ずる。

明乎齊之詩者見利而讓也

明らかや、斉の詩とは、利(り)を見て譲(ゆず)るのである。

臨事而屢斷勇也

事に臨(のぞ)みてはやく断(だん)ずるは勇(いさましい)である。

見利而讓義也

利(り)を見て譲(ゆず)るは、義(ぎ)である。

有勇有義非歌孰能保此

勇を有(ゆう)し、義(ぎ)を有(ゆう)して、歌で非(あら)ざればいずれがこれを保(たも)つことができようか。

故歌者上如抗下如隊

故(ゆえ)に歌とは、上は抗(あげる)が如(ごと)く、下は隊(おちる)が如(ごと)く、

曲如折止如槁木居中矩

曲(ま)がるは折(お)れるが如(ごと)く、止まるは槁木(枯れ木)の如(ごと)く、居(すわる)は矩(さしがね)に中(あ)て、

句中鉤累累乎殷如貫珠

句(かがまる)は鉤(かぎ)に中(あ)て、累々(るいるい)とうちつづくや、豊かに珠(たま)をつらねるが如(ごと)く。

故歌之為言也長言之也

故(ゆえ)に歌が言うを為すは、これを長く言うのであり、

說之故言之言之不足故長言之

これを悦(よろこ)び、故(ゆえ)にこれを言い、言うが足(た)らなければ、故(ゆえ)にこれを長く言う。

長言之不足故嗟嘆之

長く言って足(た)りなければ、故(ゆえ)にこれを嗟嘆(さたん 感動して声をあわせてうたう)させる。

嗟嘆之不足故不知手之舞之足之蹈之子貢問樂

嗟嘆(さたん 感動して声をあわせてうたう)が足(た)りなければ、故(ゆえ)に知らずに手が舞い、足が踏(ふ)まれるのです」と。子貢は楽を問うたのである。

凡音由於人心天之與人有以相通

凡(およ)そ音(曲)は人の心に由来(ゆらい)し、天は人と相(あい)通じあうを以ってすることを有(ゆう)し、

如景之象形響之應聲

影(かげ)が形を象(かたど)るが如(ごと)く、響(ひび)きが声(ことば)に応じたのである。

故為善者天報之以福

故(ゆえ)に善(ぜん)を為す者は天がこれに福(ふく)を以って報(むく)い、

為惡者天與之以殃其自然者也

悪(あく)を為す者は天がこれに殃(わざわい)を以ってすることを与(あた)えるのが、その自然なものである。

故舜彈五弦之琴

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故舜彈五弦之琴歌南風之詩而天下治

故(ゆえ)に帝舜は五弦の琴を弾(ひ)き、南風の詩を歌って天下が治(おさ)まり、

紂為朝歌北鄙之音身死國亡

殷紂王は朝歌北鄙の音(曲)を作り、身は死んで国は亡(ほろ)んだ。

舜之道何弘也紂之道何隘也

帝舜の道は何と弘(ひろ)いのだろうか。殷紂王の道は何と隘(せまい)のだろうか。

夫南風之詩者生長之音也舜樂好之

それ、南風の詩とは、生長の音(曲)であり、帝舜これを楽しみ好んだ。

樂與天地同意得萬國之驩心故天下治也

音楽は天地と意(い)を同じくして、万国の驩心(よろこぶ心)を得て、故(ゆえ)に天下が治(おさ)まったのである。

夫朝歌者不時也北者敗也

それ、朝歌とは時機ではなく、北(はい きた)とは、敗(はい 負ける)であり、

鄙者陋也紂樂好之

鄙とは陋(せまい)であり、殷紂王はこれを楽しみ好み、

與萬國殊心諸侯不附

万国と心を殊(こと)にした。諸侯は附(つ)かず、

百姓不親天下畔之故身死國亡

百姓は親しまず、天下はこれに叛(そむ)き、故(ゆえ)に身は死んで国が亡(ほろ)んだのである。

而衛靈公之時將之晉

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而衛靈公之時將之晉至於濮水之上舍

しこうして衛霊公姫元の時、まさに晋に行かんとして、濮水の上舍に至った。

夜半時聞鼓琴聲問左右皆對曰不聞

夜半時、琴(こと)をつまびく声(歌詞)を聞き、左右に問うたが、皆(みな)応(こた)えて曰く、「聞こえませんでした」と。

乃召師涓曰吾聞鼓琴音問左右皆不聞

そこで師涓を召(め)して曰く、「吾は琴(こと)をつまびく音(曲)を聞いた。左右に問うたが皆(みな)聞こえなかった。

其狀似鬼神為我聽而寫之

その状(ようす)は鬼神に似(に)ていた。我(われ)の為(ため)に聴いてこれを写(うつ)せよ」と。

師涓曰諾因端坐援琴聽而寫之

師涓曰く、「わかりました」と。因(よ)りて端座(正座)して琴(こと)をひきよせ、聴いてこれを写(うつ)した。

明日曰臣得之矣然未習也請宿習之

明くる日、曰く、「わたしはこれを得ましたが、然(しか)るに未(ま)だ習(なら)っていません。
泊まってこれを習うことを請(こ)う」と。

靈公曰可因復宿

衛霊公姫元曰く、「よろしい」と。因(よ)りてまた宿泊した。

明日報曰習矣即去之晉見晉平公

明くる日、報告して曰く、「習いました」と。すなわち去って晋に行き、晋平公姫彪に見(まみ)えた。

平公置酒於施惠之臺

晋平公姫彪が酒宴を施恵の台に於いて置いた。

酒酣靈公曰今者來聞新聲請奏之

宴たけなわになって、衛霊公姫元曰く、「今来て、新しい声(歌詞)を聴きました。これを奏(かな)でることを請(こ)う」と。

平公曰可即令師涓坐師曠旁援琴鼓之

晋平公姫彪曰く、「よろしい」と。そこで、師涓に師曠の傍(かたわ)らに座(すわ)らせて、琴(こと)を引き寄せてこれをつまびかせた。

未終師曠撫而止之曰此亡國之聲也不可遂

未(ま)だ終わらないうちに師曠が撫(な)でおさえて、これを止めて曰く、「これは亡国の声(歌詞)であり、つづけてはなりません」と。

平公曰何道出師曠曰師延所作也

晋平公姫彪曰く、「何を語り出すのか?」と。師曠曰く、「師延が作ったところであり、

與紂為靡靡之樂武王伐紂師延東走

殷紂王と靡靡(びび なびくさま)の楽(音楽)をつくり、周武王姫発が殷紂王を征伐したとき、
師延は東に逃げ走り、

自投濮水之中故聞此聲必於濮水之上先聞此聲者國削

濮水の中に自(みずか)らを投(とう)じ、故(ゆえ)にこの声(歌詞)を聞くは必ず濮水の上(ほとり)に於いてで、先にこの声(歌詞)を聞いた者は国が削(けず)られるということです」と。

平公曰寡人所好者音也願遂聞之師涓鼓而終之

晋平公姫彪曰く、「わたしの好むところの音(曲)であり、願わくはこれを続けて聞きたい」と。
師涓はつまびいてこれを終わらせた。

平公曰音無此最悲乎

晋平公姫彪曰く、「音(曲)でこの最も悲しいものは無いのか?」と。

師曠曰有平公曰可得聞乎

師曠曰く、「あります」と。晋平公姫彪曰く、「聞くことはできるか?」と。

師曠曰君義薄不可以聽之

師曠曰く、「君の徳、義は薄(うす)く、これを聴くべきではありません」と。

平公曰寡人所好者音也願聞之

晋平公姫彪曰く、「わたしの好むところの音(曲)であり、ねがわくはこれを聞きたい」と。

師曠不得已援琴而鼓之

師曠はやむを得ず、琴(こと)をひきよせてこれをつまびいた。

一奏之有玄鶴二八集乎廊門

一度これを奏(かな)でると、玄鶴(黒い鶴)が有って廊門に八羽づつ二列に集まり、

再奏之延頸而鳴舒翼而舞

再度これを奏(かな)でると、頸(くび)を延(の)ばして鳴き、翼(つばさ)をひろげて舞いをまった。

平公大喜起而為師曠壽

晋平公姫彪は大いに喜び、立ち上がって師曠の為(ため)に寿(ことほ)ぎをした。

反坐問曰音無此最悲乎

座(ざ)に反(かえ)って、問うて曰く、「音(曲)でこの最も悲しいものは無いのか?」と。

師曠曰有昔者黃帝以大合鬼神

師曠曰く、「あります。昔、黄帝が鬼神を大いに合わせるを以ってしました。

今君義薄不足以聽之聽之將敗

今、君の徳義は薄(うす)く、これを聴くには足(た)らず、これを聴けばまさに敗(やぶ)れんとするでしょう」と。

平公曰寡人老矣所好者音也願遂聞之

晋平公姫彪曰く、「わたしは老いており、好むところの音(曲)であるので、願わくはこれをつづけて聴きたい」と。

師曠不得已援琴而鼓之

師曠はやむを得ず、琴(こと)を引き寄せてこれをつまびいた。

一奏之有白雲從西北起

一度これを奏(かな)でると、白雲が有って西北から起(お)こった。

再奏之大風至而雨隨之飛廊瓦左右皆奔走

再びこれを奏(かな)でると、大風(おおかぜ)が至って雨(あめ)がこれについてきて、廊の瓦(かわら)を飛ばした。左右は皆(みな)奔走(ほんそう)した。

平公恐懼伏於廊屋之晉國大旱赤地三年

晋平公姫彪は恐れおびえ、廊屋の間に伏(ふ)した。晋国は大干ばつになり、地を赤くする(乾かす)こと三年。

聽者或吉或凶夫樂不可妄興也

聴く者は或(あ)る者には吉(きち)で、或(あ)る者には凶(きょう) になる。それ、楽(音楽)はみだりに興(きょう)ずるべきではないのである。

太史公曰夫上古明王舉樂者

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太史公曰夫上古明王舉樂者

太史公曰く、「それ、上古の明王が楽を挙(あ)げたのは、

非以娛心自樂快意恣欲將欲為治也

心をよろこばせて自らを楽しませ、意(い)を快(こころよ)くして欲(よく)をほしいままにするを以ってしたのでは非(あら)ず、まさに治(ち)を為すを欲さんとしたのである。

正教者皆始於音音正而行正

正しい教えとは皆(みな)音(曲)より始(はじ)まる。音(曲)が正しければ、行いが正しくなる。

故音樂者所以動蕩血脈

故(ゆえ)に、音、楽とは、血脈を動蕩(うごかすこと)し、

通流精神而和正心也

精神を通流(つうりゅう)して正しい心を和(わ)する所以(ゆえん)である。

故宮動脾而和正聖,

故(ゆえ)に宮(五音の一つ 宮の長音階?)は脾臓(ひぞう)を動かして正聖を和(わ)する。

商動肺而和正義

商(五音の一つ 商の長音階?)は肺(はい)を動かして正義を和(わ)する。

角動肝而和正仁

角(五音の一つ 角の長音階?)は肝臓(かんぞう)を動かし正仁を和(わ)する。

徵動心而和正禮

徴(五音の一つ 徴の長音階?)は心臓を動かして正礼を和(わ)する。

羽動腎而和正智

羽(五音の一つ 羽の長音階?)は腎臓(じんぞう)を動かして正智を和(わ)する。

故樂所以內輔正心而外異貴賤也

故(ゆえ)に楽は内(うち)に正心を助けて、外(そと)に貴賎(きせん)を異(こと)にする所以(ゆえん)である。

上以事宗廟下以變化黎庶也

上(うえ)は宗廟(そうびょう)に仕(つか)えるを以ってし、下(した)は黎庶(庶民)を変化させるを以ってする。

琴長八尺一寸正度也

琴(こと)の長さは八尺一寸(180cm前後)が、正しい基準である。

弦大者為宮而居中央君也

弦(げん)の大きいものは宮(の弦)として、中央に据(す)え、君である。

商張右傍其餘大小相次

商(の弦)は右の傍(かたわ)らに張(は)って、その残りの大小(の弦)は相(あい)次(つ)いで、

不失其次序則君臣之位正矣

その(弦を張る)順序を失わなければ、君臣の位が正される。

故聞宮音使人溫舒而廣大

故(ゆえ)に宮音(宮の長音階の曲?)を聞けば、人をして温舒(あたたかくゆるやか)にして広大(こうだい)にさせ、

聞商音使人方正而好義

商音(商の長音階の曲?)を聞けば、人をして方正(ほうせい)にして好義(義を好む)にさせ、

聞角音使人惻隱而愛人

角音(角の長音階の曲?)を聞けば、人をして惻隱(そくいん あわれみいたむ)にして愛人(人を愛する)にさせ、

聞徵音使人樂善而好施

徴音(徴の長音階の曲?)を聞けば、人をして楽善(善を楽しむ)して好施(施しを好む)にさせ、

聞羽音使人整齊而好禮

羽音(羽の長音階の曲?)を聞けば、人をして整斉(ととのえる)にして好礼(礼を好む)にさせる。

夫禮由外入樂自內出

それ、礼は外(そと)より入り、楽は内(うち)から出(い)でる。

故君子不可須臾離禮須臾離禮則暴慢之行窮外

故(ゆえ)に君子は少しのあいだでも礼を離れるべきではなく、少しのあいだでも礼を離れれば、暴慢の行いが外(そと)に窮(きわ)まる。

不可須臾離樂須臾離樂則姦邪之行窮內

少しのあいだでも楽を離れるべきではなく、少しのあいだでも楽を離れれば姦邪(不正)の行いが内(うち)に窮(きわ)まる。

故樂音者君子之所養義也

故(ゆえ)の楽、音とは、君子の義(ぎ)を養うところなのである。

夫古者天子諸侯聽鐘磬未嘗離於庭

それ、古(いにしえ)は、天子、諸侯は鐘(かね)、磬(玉や石でへの字形につくり、これをつるしてたたく楽器)を聴くに未(いま)だ嘗(かつ)て庭(にわ)から離したことがなく、

卿大夫聽琴瑟之音未嘗離於前

卿、大夫は琴(こと)、瑟(おおごと)の音(曲)を聴くに未(いま)だ嘗(かつ)て前(まえ)から離したことがなく、

所以養行義而防淫佚也

行義(義を行う)を養い、淫佚(淫らで気まま)を防ぐ所以(ゆえん)なのである。

夫淫佚生於無禮故聖王使人耳聞雅頌之音

それ、淫佚(淫らで気まま)は無礼(礼が無いこと)を生(う)む。故(ゆえ)に聖王は人の耳(みみ)をして雅、頌の音(曲)を聞かせ、

目視威儀之禮足行恭敬之容

目(め)は威儀(いぎ おもおもしいようす)の礼(れい)を視(み)させ、足(あし)は恭敬(きょうけい)の容(かたち)を行わせ、

口言仁義之道故君子終日言而邪辟無由入也

口(くち)は仁義の道を言わせたのである。故(ゆえ)に君子が終日(しゅうじつ)言うにして邪辟(不正 ひがみ)の由(よ)りて入ることは無くなるのである」と。

今日で史記 楽書は終わりです。明日からは史記 律書に入ります。

史記 律書 始め

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王者制事立法物度軌則

王とは、事を制(せい)して法を立て、度(ど)、軌則(きそく)を有し(物=有?)、

壹稟於六律,六律為萬事根本焉。

もっぱら六律(陽の響きに属する音階)に於いて申し上げ、六律(陽の響きに属する音階)は万事の根本と為されたのである。

其於兵械尤所重故云望敵知吉凶

その兵(戦い)の戒(いまし)め(械(かい)=戒(かい)?)に於いて尤(もっと)も重んずるところは、故(ゆえ)に云(い)う、「敵を望み見て吉凶を知り、

聞聲效勝負百王不易之道也

声を聞いて勝負(しょうぶ)に力をつくす」と。多くの王が変えることのない道である。

武王伐紂吹律聽聲

周武王姫発は殷紂王を討(う)ったとき、律(音階)を吹(ふ)いて声(ことば)を聞き、

推孟春以至于季冬殺氣相并

孟春(春の初め)を推(お)しはかるに、季冬(冬の終わり)に至るを以ってして、殺気(さっき)が相(あい)あわさり、

而音尚宮同聲相從

しこうして音(曲)は宮(五音の一つ おそらくハ長調に近い?)を尊(とうと)んだ。声(ことば)を同じくして相(あい)従(したが)うは、

物之自然何足怪哉

物の自然(しぜん)で、どうして怪(あや)しむに足(た)るだろうかな。

兵者聖人所以討彊暴平亂世

戦いとは、聖人が強暴を討(う)つ所以(ゆえん)であり、乱世を平らげ、

夷險阻救危殆

険阻(けんそ)を平かにし、危殆(危険)を救(すく)う。

自含(血)[齒]戴角之獸見犯則校

自(みずか)ら血を含(ふく)んで、角(つの)を戴(いただ)く獣(けもの)は犯(おか)される目にあえば、力をつくし(校(こう)=効(こう)?)、

而況於人懷好惡喜怒之氣

しこうして、況(いわん)や、人に於いて好悪喜怒の気を懐(いだ)くのはなおのことではないか。

喜則愛心生怒則毒螫加情性之理也

喜べば愛の心が生まれ、怒れば毒螫(どくへび)が加わるのが、情性の理である。

昔黃帝有涿鹿之戰以定火災

昔、黄帝が涿鹿の戦いを有(ゆう)し、火災を落ち着かせるを以ってし、

顓頊有共工之陳以平水害

帝顓頊(せんぎょく)は共工の陳(陣?)を有(ゆう)し、水害を平らげるを以ってし、

成湯有南巢之伐以殄夏亂

成湯(殷湯王)は南巣の伐を有(ゆう)し、夏の乱を絶(た)やすを以ってした。

遞興遞廢勝者用事所受於天也

遞興(ていこう かわるがわる盛んになる)、遞廢(ていはい かわるがわる廃(すた)れる)して、
勝者は事に用いられ、天より授(さず)かるところなのである。

自是之後名士迭興

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自是之後名士迭興

この後より、名士がかわるがわる興(おこ)り、

晉用咎犯而齊用王子

晋は咎犯を用い、しこうして斉は王子を用い、

吳用孫武申明軍約

呉は孫武を用い、軍約を伸明(しんめい)にし、

賞罰必信卒伯諸侯

賞罰は必ず信であり、ついには、伯、諸侯になり、

兼列邦土雖不及三代之誥誓

邦土(ほうど)を兼(か)ね列(れっ)し、三代(夏、殷、周)の誥誓(誓いを告げること)に及ばないと雖(いえど)も、

然身寵君尊當世顯揚可不謂榮焉

然(しか)るに身(み)ずから君尊をかわいがり、世に当たって揚(まさかり)を顕(あきら)かにしたのは、栄(さか)えと謂(い)わないべきだろうか。

豈與世儒闇於大較不權輕重

どうして世間の儒者とともに、大較(きまり)において闇(やみ おろか)で、軽重をはからず、

猥云化不當用兵大至君辱失守

猥(みだりに)に徳化を云(い)い、用兵(ようへい)に当(あ)たらず、大(だい)は君辱(君のはずかしめ)、失守(守りをうしなうこと)に至り、

小乃侵犯削弱遂執不移等哉

小(しょう)はすなわち侵犯(しんぱん)され、削弱(けずられ弱まる)され、遂(つい)には不移(不為? なにもしないこと)等(など)を執(と)るのだろうかな。

笔教笞不可廢於家刑罰不可捐於國

筆(払(ひつ はらう)う箒(ほうき)のようなもの?)、教(荊(きょう 刑罰にもちいる木)?)、笞(むち)は家より廃(はい)するべきではなく、刑罰は国より捐(すてさる)するべきではなく、

誅伐不可偃於天下用之有巧拙行之有逆順耳

誅伐(ちゅうばつ)は天下より偃(やめる)するべきではない。これを用いるに巧拙(たくみなこととつたないこと)が有り、これを行うに逆順(さからうこととしたがうこと)が有るのみ。

夏桀殷紂手搏豺狼

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夏桀殷紂手搏豺狼

夏桀王、殷紂王は豹(ひょう)、狼(おおかみ)を手でうち、

足追四馬勇非微也

足は四頭立て馬車に追いつき、勇ましさは少しでは非(あら)ざるなり。

百戰克勝諸侯懾服權非輕也

百戦して勝ち、諸侯はおそれて服し、権力は軽くは非(あら)ざるなり。

秦二世宿軍無用之地連兵於邊陲力非弱也

秦二世皇帝は無用の地に宿軍させて、辺陲(へんすい 国境)に兵を連(つら)ねさせ、力が弱かったのでは非(あら)ざるなり。

結怨匈奴絓禍於越勢非寡也

匈奴に怨(うら)みを結(むす)び、越に禍(わざわい)をとどめ、勢(いきお)いが少なかったのでは
非(あら)ざるなり。

及其威盡勢極閭巷之人為敵國

その威(い)が尽(つ)くされ勢いが極(きわ)まるに及んで、閭巷(むらざと)の人は敵国と為し、

咎生窮武之不知足甘得之心不息也

咎(とが)は武(ぶ)を窮(きわ)めて足(た)ることを知らないことより生(しょう)じ、
甘徳(徳を願う 得(とく)=徳(とく)?)の心が止まることはなかったのである。

高祖有天下三邊外畔

漢高祖(劉邦)が天下を有(ゆう)し、三方の辺境の外が叛(そむ)き、

大國之王雖稱蕃輔臣節未盡

大国の王は藩輔を称(とな)えると雖(いえど)も、臣節(臣下としての節度)は未(ま)だ尽(つ)くさなかった。

會高祖厭苦軍事,亦有蕭、

このとき、漢高祖(劉邦)は苦しい軍事を厭(いと)い、また蕭何、

張之謀故偃武一休息羈縻不備

張良の謀(はかりごと)を有(ゆう)し、故(ゆえ)に武(ぶ)をやめて一(いつ)に休息し、
羈(馬のおもがい)縻(牛の鼻につけるなわ)は備(そな)えなかった。

歷至孝文即位將軍陳武等議曰

めぐって漢孝文帝劉恒が即位するに至り、将軍の陳武(棘蒲侯柴武)らが議して曰く、

南越朝鮮自全秦時內屬為臣子

「南越、朝鮮は全秦時より内(うち)に臣子として属(ぞく)し、

後且擁兵阻阸選蠕觀望

後にまさに兵を阻阸(せまいこと)に擁(よう 集める)し、選蠕(せんぜん)とうごめいて望み観(み)ました。

高祖時天下新定人民小安未可復興兵

漢高祖劉邦の時、天下が新たに定まり、人民が少し安(やす)んじ、未(ま)だふたたび兵を興(おこ)すべきではありませんでした。

今陛下仁惠撫百姓恩澤加海內

今、陛下(漢孝文帝劉恒)は仁恵で百姓を撫(な)でやすんじさせ、恩沢は海内に加えられ、

宜及士民樂用征討逆黨以一封疆

宜(よろ)しく士民が用を楽しむに及んで、逆党を征討(せいとう)し、封疆(境界)を一(いつ)にするを以ってするべきです」と。

孝文曰朕能任衣冠念不到此

漢孝文帝劉恒曰く、「朕は衣冠(官吏)に任(まか)せることができ、これに到(いた)らないことを念(ねん)ずる。

會呂氏之亂功臣宗室共不羞恥

呂氏の乱に会して、功臣、宗室は共(とも)に恥(は)じず、

誤居正位常戰戰慄慄恐事之不終

誤(あやま)って正位に居(お)るものは、常に戦々慄慄(せんせんりつりつ)と事の終わらないことを恐れた。

且兵凶器雖克所願

まさに兵(武器)は凶器で、克(か)つは願うところと雖(いえど)も、

動亦秏病謂百姓遠方何

動くもまたむなしく病(や)み、百姓が遠方でどうすると謂(う)うのか?

又先帝知勞民不可煩故不以為意

また、先帝は民を労(ねぎ)らい煩(わずら)わすべきではないことを知り、故(ゆえ)意(い)を為すことを以ってせず。

朕豈自謂能今匈奴內侵

朕がどうしてみずからできると謂(い)おうか。今、匈奴は内(うち)に侵(おか)し、

軍吏無功邊民父子荷兵日久

軍吏は功が無く、辺民の父子は武器を荷(にな)う日が久しく、

朕常為動心傷痛無日忘之

朕は常に動心傷痛(心を動かし傷つき痛む)を為して、これを忘れる日は無い。

今未能銷距願且堅邊設候

今、未(ま)だ銷距(しょうきょ けづめ 武力を用いないたとえ)することはできないが、願わくは、
まさに辺境を堅(かた)くして侯(敵の情況をさぐる人)を設(もう)け、

結和通使休寧北陲為功多矣

和(わ)を結(むす)んで使者を通(かよ)わせ、北陲(北のはて)を休寧(きゅうねい 気を休める)させれば、功を為すは多いであろう。

且無議軍故百姓無內外之繇

まさに軍を議すること無かれ」と。故(ゆえ)に百姓は内外の繇(労役)が無くなり、

得息肩於田畝天下殷富

田畑に息肩(そっけん 荷をおろして休む)を得て、天下は富みさかえた。

粟至十餘錢鳴雞吠狗

粟(あわ)は十余銭に至り、鳴雞吠狗(鶏の鳴く声、犬の吠える声)、

煙火萬里可謂和樂者乎

煙火(飯をたくけむり)は万里にわたり、楽を和(わ)すると謂(い)うべきものか。

太史公曰文帝時會天下新去湯火

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太史公曰文帝時會天下新去湯火

太史公曰く、漢孝文帝劉恒の時、天下が新たに湯(ゆ)、火(ひ)(戦い)を去(さ)るに会(かい)し、

人民樂業因其欲然能不擾亂

人民は業(なりわい)を楽しみ、その欲然として欲することに因(よ)りて、乱れさわがないことができ、

故百姓遂安自年六七十翁亦未嘗至市井

故(ゆえ)に百姓は遂(つい)に安んじた。自らの年六、七十の翁(おじいさん)も未(いま)だ嘗(かつ)て市井に至ったことはなく、

游敖嬉戲如小兒狀孔子所稱有君子者邪

游敖(あそびたわむれる)嬉戲(よろこび戯(たわむ)れる)は小児の様子の如(ごと)し。孔子が称(とな)えたところの有徳(ゆうとく)の君子というものだろうか。

書曰[七正]二十八舍

書経曰く、二十八舎(二十八宿)、と。

律歷天所以通五行八正之氣

律、歴は天の五行八正の気を通わす所以(ゆえん)であり、

天所以成孰萬物也

天の万物を成熟させる所以(ゆえん)である。

舍者日月所舍舍者舒氣也

舎とは、太陽、月の泊まる所。舎とは、気をおちつかせる、である。

不周風居西北主殺生

不周風は西北に居(お)り、殺、生をつかさどる。

東壁居不周風東主辟生氣而東之

東壁は不周風の東に居(お)り、生気をわけることをつかさどり、これを東に進むと、

至於營室營室者主營胎陽氣而產之

営室に至る、営室とは、陽気を営胎(いとなみはらむ)をつかさどりてこれを産む。

東至于危危垝也

東に進むと危に至る。危とは、垝(やぶれる くずれる)である。

言陽氣之(危)垝故曰危

陽気の垝(やぶれる くずれる)を言い、故(ゆえ)に曰く、危、と。

十月也律中應鐘

十月(旧暦十月)であり、律(音の高さ)は応鐘に中(あた)る。

應鐘者陽氣之應不用事也

応鐘とは、陽気の応(或いは区(おう かくす)?)であり、事に用いないのである。

其於十二子為亥亥者該也

その十二支(じゅうにし)に於いて亥(いのしし)と為す。亥とは、該(そなえる)である。

言陽氣藏於下故該也

陽気が下に於いて蔵(しまう)することを言い、故(ゆえ)に 該(そなえる)である。

廣莫風居北方廣莫者言陽氣在下

広莫風は北方に居(い)る。広莫とは、陽気が下に在(あ)り、

陰莫陽廣大也故曰廣莫

陰が莫大(ばくだい 大きい)で陽が広大(こうだい 広い)であるのを言い、故(ゆえ)曰く、広莫、と。

東至於虛虛者能實能虛

東に進むと虚に至る。虚とは実(みたす)ことができ虚(から)にすることができ、

言陽氣冬則宛藏於虛

陽気が冬ならば、虚に於いて宛藏(うんぞう たくわえる)し、

日冬至則一陰下藏一陽上舒故曰虛

太陽が冬至(とうじ)になれば、一(いつ)に陰が下ってしまわれ、一(いつ)に陽が上がってひろがるを言い、故(ゆえ)に曰く、虚(うろ)、と。

東至于須女言萬物變動其所

東に進むと須女に至る。万物がその所を変動することを言い、

陰陽氣未相離尚相[如]胥[如]也故曰須女

陰、陽の気が未(ま)だ相(あい)離れず、尚(なお)相胥(あいたがいに)しているのであり、故(ゆえ)に曰く、須(ひげ)女、と。

十一月也律中黃鐘

十一月(旧暦十一月)であり、律(音の高さ)は黄鐘に中(あた)る。

黃鐘者陽氣踵黃泉而出也

黄鐘とは、陽気が黄泉(よみ)を踵(きびす ふむ)して出(い)でるのである。

其於十二子為子子者滋也

その十二支に於いては子(ねずみ)と為す。子とは滋(ふえる)である。

滋者言萬物滋於下也

慈(ふえる)とは、万物が下に於いて増えることを言うのである。

其於十母為壬癸壬之為言任也

その十母に於いては壬癸と為す。壬は任を言うとするのであり、

言陽氣任養萬物於下也

陽気が万物を下に於いて任養(にないやしなう)することを言うのである。

癸之為言揆也言萬物可揆度故曰癸

癸は揆(はかる)を言うのであり、万物は度を測(はか)ることができることを言い、故(ゆえ)に曰く、癸、と。

東至牽牛牽牛者言陽氣牽引萬物出之也

東に進むと牽牛に至る。牽牛とは、陽気が万物を牽引(けんいん)してこれを出(い)だすことを言うのである。

牛者冒也言地雖凍能冒而生也

牛とは冒(おおい)であり、地が凍(こお)ると雖(いえど)も、おおって生ずることができることを言うのである。

牛者耕植種萬物也東至於建星

牛とは、耕(たがや)して万物の種をまくのである。東に進むと建星に至る。

建星者建諸生也

建星とは、諸(もろもろ)の生を建てることである。

十二月也律中大呂

十二月(旧暦十二月)であり、律(音の高さ)は大呂に中(あた)る。

大呂者其於十二子為醜

大呂とは、その十二支に於いて醜(うし?)と為す。

條風居東北主出萬物

條風は東北に居(お)り、万物を出(い)だすことをつかさどる。

條之言條治萬物而出之故曰條風

條は万物を條治(すじみちだてておさめる)してこれを出(い)だすことを言い、故(ゆえ)に曰く、條風と。

南至於箕箕者言萬物根棋故曰箕

南に進むと箕に至る。箕とは、万物の根基(こんき 根っこ)を言い、故(ゆえ)に曰く、箕(あぐらをかいてすわる)、と。

正月也律中泰蔟

正月(旧暦正月)であり、律(音の高さ)は泰蔟に中(あた)る。

泰蔟者言萬物蔟生也故曰泰蔟

泰蔟とは、万物の蔟生(むらがり生ずる)を言うのであり、故(ゆえ)に曰く、泰蔟、と。

其於十二子為寅寅言萬物始生螾然也故曰寅

その十二支に於いては寅(とら)と為す。寅は万物が螾然(いんぜん)とうごめいて生じ始めることを言うのであり、故(ゆえ)に曰く、寅、と。

南至於尾言萬物始生如尾也

南に進むと尾に至り、万物が尾(お)の如(ごと)く生じ始めることをいうのである。

南至於心言萬物始生有華心也

南に進むと心に至り、万物が華心(はなやぐこころ)を有(ゆう)して生じ始めることをいうのである。

南至於房房者言萬物門戶也至于門則出矣

南に進むと房に至る。房とは万物の門戸(もんこ)を言うのであり、門に至れば出るのである。

明庶風居東方

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明庶風居東方明庶者明眾物盡出也

明庶風が東方に居(い)る。明庶とは、衆物を明らかにして尽(ことごと)く出す、である。

二月也律中夾鐘

二月(旧暦二月)であり、律(音の高さ)は夾鐘に中(あた)る。

夾鐘者言陰陽相夾廁也

夾鐘とは、陰陽が相(あい)夾廁(そばに近寄る)するを言うのである。

其於十二子為卯卯之為言茂也言萬物茂也

その十二支に於いては卯(うさぎ)と為し、卯は茂(しげ)るを言うとするのであり、万物の茂る、を言うのである。

其於十母為甲乙甲者言萬物剖符甲而出也

その十母に於いては甲乙と為す。甲とは、万物が甲(殻(から))を二つに割って出(い)でる、を言うのである。

乙者言萬物生軋軋也南至于氐者

乙とは、万物が軋軋(あつあつ)と群がり生ずる、を言うのである。南に進むと氐というものに至る。

氐者言萬物皆至也南至於亢

氐とは、万物が皆(みな)至る、を言うのである。南に進むと亢に至る。

亢者言萬物亢見也南至于角

亢とは、万物があがり現われる、を言うのである。南に進むと角に至る。

角者言萬物皆有枝格如角也

角とは、万物が皆(みな)枝格(長い枝)を有(ゆう)して角(つの)の如(ごと)くである、を言うのである。

三月也律中姑洗姑洗者言萬物洗生

三月(旧暦三月)であり、律(音の高さ)は姑洗に中(あた)る。姑洗とは、万物が洗(あら)われ生ずる、を言う。

其於十二子為辰辰者言萬物之蜄也

その十二支は辰(たつ)と為す。辰とは、万物が蜄(ゆれうごく)、を言うのである。

清明風居東南維主風吹萬物而西之

清明風は東南のすじみちに居(お)り、万物に吹く風をつかさどりて、これを西に進むと、

[至於]軫軫者言萬物益大而軫軫然

軫に至る。軫とは、万物が益々(ますます)大きくなって軫軫然(しんしんぜん)と動く、を言う。

西至於翼翼者言萬物皆有羽翼也

西にすすむと翼に至る。翼とは、万物が皆(みな)羽翼(はね、つばさ)を有(ゆう)する、を言うのである。

四月也律中中呂

四月(旧暦四月)であり、律(音の高さ)は中呂に中(あた)る。

中呂者言萬物盡旅而西行也

中呂とは、万物が尽(ことごと)く旅して西に行く、を言うのである。

其於十二子為巳巳者言陽氣之已盡也

その十二支に於いては巳(へび)と為す。巳とは、陽気が尽くし終わる、を言うのである。

西至于七星七星者陽數成於七故曰七星

西に進むと七星に至る。七星とは、陽の数が七に成る、で故(ゆえ)に曰く、七星、と。

西至于張張者言萬物皆張也

西に進むと張に至る。張とは、万物が皆(みな)ひろがる、を言うのである。

西至于注注者言萬物之始衰

西に進むと注に至る。注とは、万物が衰(おとろ)え始まる、を言い、

陽氣下注故曰注五月也律中蕤賓

陽気が下に注(そそ)がれ、故(ゆえ)に曰く、注、と。五月(旧暦五月)であり、律(音の高さ)は蕤賓に中(あた)る。

蕤賓者言陰氣幼少故曰蕤

蕤賓とは、陰気が幼少、を言い、故(ゆえ)に曰く、蕤(花のしべ)、と。

痿陽不用事故曰賓

陽を萎(な)えさせて事に用いられず、故(ゆえ)に曰く、賓(擯(しりぞける)?)、と。

景風居南方景者言陽氣道竟故曰景風

景風は南方に居(い)る。景とは、陽気の道がきわまる、を言い、故(ゆえ)に曰く、景風(景(けい)=竟(けい)、と。

其於十二子為午

その十二支に於いては午(うま)と為す。

午者陰陽交故曰午

午とは、陰陽が交(まじ)わり、故(ゆえ)に曰く、午(十文字にまじわる)、と。

其於十母為丙丁

その十母に於いては丙丁と為す。

丙者言陽道著明故曰丙

丙とは、陽の道が著明(いちじるしく明らか、を言い、故(ゆえ)に曰く、丙(あきらか)、と。

丁者言萬物之丁壯也故曰丁

丁とは、万物の丁壯(つよい)、言うのであり、故(ゆえ)に曰く、丁(つよい)、と。

西至于弧弧者言萬物之吳落且就死也

西に進むと孤に至る。孤とは、万物が呉落(さわがしく落ちる)てまさに死に就(つ)かんとする、を言うのである。

西至于狼狼者

西に進むと狼に至る。狼とは、

言萬物可度量斷萬物故曰狼

万物は度量(たくりょう  物をはかる)すべき、を言い、万物を断(た)つ、故(ゆえ)に曰く、狼(=量)、と。

涼風居西南維

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涼風居西南維主地地者沈奪萬物氣也

涼風は西南のすじみちに居(い)て、地を主(つかさどる)する。地とは、万物の気を奪(うば)うのである。

六月也律中林鐘林鐘者言萬物就死氣林林然

六月(旧暦六月)であり、律(音の高さ)は林鐘に中(あた)る。林鐘とは、万物が死気に林林然(りんりんぜん 数多いさま)と就(つ)くことを言う。

其於十二子為未未者言萬物皆成有滋味也

その十二支は未(ひつじ)と為す。未とは、万物が皆(みな)成(な)ることを言い、滋味(じみ)が有る、を言うのである。

北至於罰罰者言萬物氣奪可伐也

北に進むと罰に至る。罰とは、万物の気が奪(うば)われて伐採(ばっさい)することができる、を言うのである。

北至於參參言萬物可參也故曰參

北に進むと参に至る。参は万物が参(剗(さん)?けずる 刈り取る)するべき、を言うのであり、故(ゆえ)に曰く、参、と。

七月也律中夷則夷則言陰氣之賊萬物也

七月(旧暦七月)であり、律(音の高さ)は夷則に中(あた)る。夷則は陰気が万物を賊(そこなう)する、を言うのである。

其於十二子為申申者言陰用事申賊萬物故曰申

その十二支に於いては申(さる)と為す。申とは、陰が事に用いられ、申が万物を賊(そこなう)する、を言い、故(ゆえ)に曰く、申(侵(しん)?)と。

北至於濁濁者觸也言萬物皆觸死也故曰濁

北に進むと濁に至る。濁とは、触(けがす おかす)であり、万物が皆(みな)触(けがす おかす)されて死する、を言うのであり、故(ゆえ)に曰く、濁(蝕)、と。

北至於留留者言陽氣之稽留也故曰留

北に進むと留に至る、留とは、陽気の稽留(けいりゅう ひきとめて残らせる)、を言うのであり、故(ゆえ)に曰く、留、と。

八月也律中南呂南呂者言陽氣之旅入藏也

八月(旧暦八月)であり、律(音の高さ)は南呂に中(あた)る。南呂とは、陽気が旅して蔵(くら)に入る、を言うのである。

其於十二子為酉酉者萬物之老也故曰酉

その十二支に於いては酉(とり)と為す。酉とは、万物の老(お)いであり、故(ゆえ)に曰く、酉(熟する)、と。

閶闔風居西方閶者倡也闔者藏也

閶闔風は西方に居(い)る。閶とは、倡(先導する)であり、闔とは蔵(くら)である。

言陽氣道萬物闔黃泉也

陽気が万物を導(みちび)く、を言い、黄泉(よみ)に闔(しまう)するのである。

其於十母為庚辛庚者言陰氣庚萬物故曰庚

その十母に於いては庚辛と為す。庚とは、陰気が万物を庚(かわる)する、を言い、故(ゆえ)に曰く、庚(更(こう))、と。

辛者言萬物之辛生故曰辛北至於胃

辛とは、万物が生を辛(つら)くする、を言い、故(ゆえ)に曰く、辛、と。北に進むと胃に至る。

胃者言陽氣就藏皆胃胃也

胃とは、陽気が蔵(くら)に就(つ)いて、皆胃胃(委委(いい 起居動作のゆったりとしたさま)?)とする、を言うのである。

北至於婁婁者呼萬物且內之也

北に進むと婁に至る。婁とは、万物をまさに内(うち)に入れようとして呼びよせる、である。

北至於奎奎者主毒螫殺萬物也奎而藏之

北に進むと奎に至る。奎とは、毒螫(どくへび)が万物を殺す、を主(つかさどる)するのであり、奎にしてこれを蔵(おさめる)するのである。

九月也律中無射無射者陰氣盛用事

九月(旧暦九月)であり、律(音の高さ)は無射に中(あた)る。無射とは、陰気が盛んで事に用いられ、

陽氣無餘也故曰無射

陽気は余(あま)り無く、故(ゆえ)に曰く、無射(射(や)=余(よ))、と。

其於十二子為戌戌者言萬物盡滅故曰戌

その十二支に於いては戌(いぬ)と為す。戌とは、万物が尽(ことごと)く滅ぶ、を言い、故(ゆえ)に曰く、戌 (=卒(しゅつ)?)、と。

律數九九八十一以為宮

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律數九九八十一以為宮

律(音の高さ)の数は、九九八十一が宮。

三分去一五十四以為徵

(八十一を)三分して一を去ると、五十四で、徴と為すを以ってする。

三分益一七十二以為商

(五十四を)三分して一を益(ま)すと、七十二で商と為すを以ってする。

三分去一四十八以為羽

(七十二を)三分して一を去ると、四十八で羽と為すを以ってする。

三分益一六十四以為角

(四十八)を三分して一を益(ま)すと、六十四で角と為すを以ってする。

黃鐘長八寸七分一宮

黄鐘の長さは八寸七分一で、宮。

大呂長七寸五分三分(一)[二]

大呂の長さは七寸五分三分(一)[二]。

太蔟長七寸(七)[十]分二角

太蔟の長さは七寸(七)[十]分二で、角。

夾鐘長六寸(一)[七]分三分一

夾鐘の長さは六寸(一)[七]分三分一。

姑洗長六寸(七)[十]分四羽

姑洗の長さは六寸(七)[十]分四で、羽。

仲呂長五寸九分三分二徵

仲呂の長さは五寸九分三分二で、徴。

蕤賓長五寸六分三分(一)[二]

蕤賓の長さは五寸六分三分(一)[二]。

林鐘長五寸(七)[十]分四角

林鐘の長さは五寸(七)[十]分四で、角。

夷則長五寸[四分]三分二商

夷則の長さは五寸[四分]三分二で、商。

南呂長四寸(七)[十]分八徵

南呂の長さは四寸(七)[十]分八で、徴。

無射長四寸四分三分二

無射の長さは四寸四分三分二。

應鐘長四寸二分三分二羽

応鐘の長さは四寸二分三分二、で羽。

生鐘分子一分

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生鐘分子一分

鐘の分を生ずる、子(ね)は、一分(仮にドとして黄鐘 律数81 宮、に対応 )。

丑三分二

丑(うし)は、三分の二(三分の二の長さはソ音に当たるらしいので前文(鐘の寸法の段)の十二律の順より林鐘に当たり、 律数54 徴、に対応) 

寅九分八

寅(とら)は、九分の八(レに当たり太蔟 律数72 商、に対応)

卯二十七分十六

卯(う)は、二十七分の十六(ラに当たり南呂 律数48 羽、に対応)

辰八十一分六十四

辰(たつ)は、八十一分の六十四(ミに当たり姑洗 律数64 角に当たる)

巳二百四十三分一百二十八

巳(み)は、二百四十三分の一百二十八(シに当たり応鐘 に対応)

午七百二十九分五百一十二

午(うま)は、七百二十九分の五百一十二(ファ#に当たり蕤賓 に対応)

未二千一百八十七分一千二十四

未(ひつじ)は、二千一百八十七分の一千二十四(一オクターブ高いド#に当たるので一オクターブ低くします 大呂 に対応)

申六千五百六十一分四千九十六

申(さる)は、六千五百六十一分の四千九十六(ソ#に当たり夷則 に対応)

酉一萬九千六百八十三分八千一百九十二

酉(とり)は、一萬九千六百八十三分の八千一百九十二(一オクターブ高いレ#に当たるので一オクターブ低くします 夾鐘 に対応)

戌五萬九千四十九分三萬二千七百六十八

戌(いぬ)は、五萬九千四十九分の三萬二千七百六十八(ラ#に当たり無射 に対応)

亥十七萬七千一百四十七分六萬五千五百三十六

亥(い)は十七萬七千一百四十七分の六萬五千五百三十六(一オクターブ高いファに当たるので一オクターブ低くします 仲呂 に対応)

(以上で、ド~シまでの十二律が揃いました)

生黃鐘術曰以下生者倍其實三其法

黄鐘の術を生ずるは、曰く、「下(さ)がる(音が高くなる)を以って生ずるものは、その実(分子)を二倍にして、その法(分母)を三倍にする。

以上生者四其實三其法

上(あ)げる(音が低くなる)を以って生ずるものは、その実(分子)を四倍して、その法(分母)を三倍にする。

上九商八羽七角六宮五徵九

(この部分は訳不明です。それぞれの音階に使う鐘の数?)

置一而九三之以為法

一を於いて九三の法を為すを以ってする。

實如法得長一寸

実(分子)が法(分母)に及ぶと長さ一(九?)寸が得られる。

凡得九寸命曰黃鐘之宮

凡(およ)そ九寸を得て、命名して曰く、黄鐘の宮(宮は宮長音階の主音で仮に黄鐘ハ(C)とすればハ長調の主音のハを指す 短調では音が暗く哀しい感じがするので長調が正楽に当たると考えます)

故曰音始於宮窮於角

故(ゆえ)に曰く音(曲)は宮に始まり、角に窮まる。

數始於一終於十成於三

数は一より始め、十に終わり、成(な)るは三よりで、

氣始於冬至周而復生

気は冬至より始まり、めぐってふたたび生ずる。

神生於無形成於有形然後數

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神生於無形成於有形然後數

神は無(む)より生まれ、形(かたち)は有(ゆう)より成(な)り、形は然(しか)る後に数になり、

形而成聲故曰神使氣氣就形

形にして声(響き)を成し、故(ゆえ)に曰く、神が気(き)をつかわし、気(き)が形(かたち)に就(つ)いた、と。

形理如類有可類或未形而未類

形(かたち)の道理(どうり)は、同類の如(ごと)くは、分類するべきを有(ゆう)する。或(あ)るものは未(ま)だ形(かたち)にならずして、未(ま)だ分類されず、

或同形而同類類而可班類而可識

或(あ)るものは形(かたち)を同じにして分類を同じにしている。同類にして分けるべきで、同類にして標(しる)すべきである。

聖人知天地識之別故從有以至未有

聖人は天地の識別(しきべつ)を知って、故(ゆえ)に有るものから、未(ま)だないものに至るまでを以って、

以得細若氣微若聲

小さく弱い気(き)、微弱(びじゃく)な声(ひびき)を得るを以ってする。

然聖人因神而存之雖妙必效情

然(しか)るに聖人は、神にしてこれを存(ある)させるに因(よ)りて、妙(非常に小さい)と雖(いえど)も、必ず情(じょう)を効(明らかにする)し、

核其華道者明矣非有聖心以乘聰明

その華道(美しく奥深い道)を核(ただす)する。聖なる心で有らざれば聡明(そうめい)に乗(じょう)ずるを以って、

孰能存天地之神而成形之情哉

いずれが天地の神を存(ある)させて情(じょう)を形(かたち)に成(な)すことができようかな。

神者物受之而不能知(及)其去來

神とは、物が授(さず)けられるにして、その去来(きょらい)を知ることができない。

故聖人畏而欲存之唯欲存之神之亦存

故(ゆえ)に聖人は畏(おそ)れてこれを存(保存)することを欲する。唯(ただ)これを存(保存)することを欲するのみで、神もまた存(ある)する。

其欲存之者故莫貴焉

その存(保存)を欲するのは、故(ゆえ)に大いに貴(とうと)いのである。

太史公曰(故)[在]旋璣玉衡以齊七政即天地二十八宿

太史公曰く、「璿璣(せんき 天文を測る機械)玉衡(璣衡きこう 球体の表面に天文をえがきこれを回転させて天文を観測する機械 )は七政(七正)を整えるを以ってし、すなわち天地二十八宿、

十母十二子鐘律調自上古

十母(十干)、十二支、鐘(かね)の調律(ちょうりつ)は上古(じょうこ)よりである。

建律運歷造日度可據而度也

律(音の高さ)を建てて、歴(暦 天体の運行)を運(はこ)び、日(ひ)の度(ど)を造(つく)るは、拠(もとづく)にして度(はかる)するべきである。

合符節通道即從斯之謂也

符節を合わせ、道徳を通(かよ)わせるは、すなわちこれよりのことを謂(い)うのである」と。

史記 律書は今日で終わりです。明日からは史記 歴書に入ります。
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