毅對曰以臣不能得先主之意則
秦上卿蒙毅は応(こた)えて曰く、「わたしが先の主(あるじ 秦始皇帝)の意(い)を得ることができなかったのを以ってすれば、
臣少宦順幸沒世可謂知意矣
わたしは宮づかえを欠(か)き、幸(宗族に罪が及ばないことの幸い)に従(したが)って世(よ)に没(ぼっ)していたので、(わたしは先主の)意(い)を知っていたと謂(い)うべきや。
以臣不知太子之能則太子獨從周旋天下
わたしが太子の才能を知らなかったのを以ってすれば、太子がただ一人天下を周旋するに従(したが)って、
去諸公子絕遠
諸(もろもろ)の公子を非常に遠くに去(さ)らせたのは、
臣無所疑矣夫先主之舉用太子
わたしには疑(うたが)われるところはありません。それ、先(さき)の主(秦始皇帝)の太子を推挙して用いることは、
數年之積也臣乃何言之敢諫
数年(すうねん)の心組(こころぐ)みでありました。わたしはそこでどうして敢(あ)えて諌(いさ)めることを言いましょうか。
何慮之敢謀非敢飾辭以避死也
どうして敢(あ)えて謀(はか)ることを慮(おもんばか)りましょうか。
敢(あ)えて辞(じ)を飾って、死を避(さ)けるを以ってするのでは非(あら)ざるなり。
為羞累先主之名願大夫為慮焉
先主(秦始皇帝)のきこえを損(そこ)なうことを羞(は)ずる為(ため)で、願わくは大夫(御史曲宮)にはご配慮(はいりょ)為(な)され、
使臣得死情實且夫順成全者
わたしをして死の情実(じょうじつ)を得(え)さしめてください。まさにそれ、順じて全(まっと)うを成(な)すのは、
道之所貴也刑殺者
道(みち)の貴(とうと)ぶところであり、刑(けい)して殺すのは、
道之所卒也
道(みち)の押さえ止(とど)めひかえる(卒=即または節?)ところであります。
秦上卿蒙毅は応(こた)えて曰く、「わたしが先の主(あるじ 秦始皇帝)の意(い)を得ることができなかったのを以ってすれば、
臣少宦順幸沒世可謂知意矣
わたしは宮づかえを欠(か)き、幸(宗族に罪が及ばないことの幸い)に従(したが)って世(よ)に没(ぼっ)していたので、(わたしは先主の)意(い)を知っていたと謂(い)うべきや。
以臣不知太子之能則太子獨從周旋天下
わたしが太子の才能を知らなかったのを以ってすれば、太子がただ一人天下を周旋するに従(したが)って、
去諸公子絕遠
諸(もろもろ)の公子を非常に遠くに去(さ)らせたのは、
臣無所疑矣夫先主之舉用太子
わたしには疑(うたが)われるところはありません。それ、先(さき)の主(秦始皇帝)の太子を推挙して用いることは、
數年之積也臣乃何言之敢諫
数年(すうねん)の心組(こころぐ)みでありました。わたしはそこでどうして敢(あ)えて諌(いさ)めることを言いましょうか。
何慮之敢謀非敢飾辭以避死也
どうして敢(あ)えて謀(はか)ることを慮(おもんばか)りましょうか。
敢(あ)えて辞(じ)を飾って、死を避(さ)けるを以ってするのでは非(あら)ざるなり。
為羞累先主之名願大夫為慮焉
先主(秦始皇帝)のきこえを損(そこ)なうことを羞(は)ずる為(ため)で、願わくは大夫(御史曲宮)にはご配慮(はいりょ)為(な)され、
使臣得死情實且夫順成全者
わたしをして死の情実(じょうじつ)を得(え)さしめてください。まさにそれ、順じて全(まっと)うを成(な)すのは、
道之所貴也刑殺者
道(みち)の貴(とうと)ぶところであり、刑(けい)して殺すのは、
道之所卒也
道(みち)の押さえ止(とど)めひかえる(卒=即または節?)ところであります。