臣意曰他所診期決死生及所治已病眾多
臣意(淳于意)曰く、「他(ほか)の死生を決めて期を診(み)たところ、及び病(やまい)をいやし治(なお)したところは多数であり、
久頗忘之不能盡識不敢以對
久(ひさ)しくして頗(すこぶ)るこれを忘れ、ことごとくおぼえていることができず、敢(あ)えて応(こた)えるを以ってしませんでした」と。
問臣意所診治病病名多同而診異
臣意(淳于意)に問うた、「病(やまい)を治(なお)し診(み)たところで、病名が同じにするが多くして診(み)るが異(こと)なったり、
或死或不死何也對曰
或(あ)るものは死んで或(あ)るものは死なずは、どうしてなのか?」と。応(こた)えて曰く、
病名多相類不可知
「病名の相(あい)類(るい)しあうは多く、みきわめることができません。
故古聖人為之脈法以起度量
故(ゆえ)に古(いにしえ)の聖人はここに脈法をつくり、度量を起こし
立規矩縣權衡案繩墨
コンパス、さしがねを立て、はかりのおもり、さおを懸(か)け、縄墨(なわすみ)をおさえ、
調陰陽別人之脈各名之
陰陽を調べるを以って、人の脈を別(わ)けて各々(おのおの)これに名づけ、
與天地相應參合於人
天地とともに相(あい)応(おう)じあい、人に於いて合(あ)わせくらべ、
故乃別百病以異之有數者能異之
故(ゆえ)にそこで多くの病気を別(わ)けてこれを異にするを以ってしましたが、
数(かず)えるほどのものがこれを異にすることができましたが、
無數者同之然脈法不可勝驗
無数(むすう)のものはこれを同じにしました。然(しか)るに脈法はのこらず調べることができず、
診疾人以度異之乃可別同名
病人を診(み)るに度合(どあ)いを以ってこれを異にして、すなわち同名を別(わ)けるべきで、
命病主在所居今臣意所診者
病(やまい)の主(ぬし)が居(お)るところに在(あ)るを命名(めいめい)しました。
今、わたしが診(み)たところのものは、
皆有診籍所以別之者
皆(みな)診療の書籍(しょせき)が有(あ)るのです。これを別(わ)けるを以ってした所とは、
臣意所受師方適成師死
わたしが学んだところの先生がまさにほどよく成(な)したのです。先生が死んで、
以故表籍所診期決死生
故(ゆえ)を以って書籍の死生を決めて期を診(み)たところを手本にし、
觀所失所得者合脈法以故至今知之
失うところ、得るところをかんがみるのは、脈法に合(あ)わせたのであり、故(ゆえ)を以って今にこれをみきわめるに至ったのです」と。
臣意(淳于意)曰く、「他(ほか)の死生を決めて期を診(み)たところ、及び病(やまい)をいやし治(なお)したところは多数であり、
久頗忘之不能盡識不敢以對
久(ひさ)しくして頗(すこぶ)るこれを忘れ、ことごとくおぼえていることができず、敢(あ)えて応(こた)えるを以ってしませんでした」と。
問臣意所診治病病名多同而診異
臣意(淳于意)に問うた、「病(やまい)を治(なお)し診(み)たところで、病名が同じにするが多くして診(み)るが異(こと)なったり、
或死或不死何也對曰
或(あ)るものは死んで或(あ)るものは死なずは、どうしてなのか?」と。応(こた)えて曰く、
病名多相類不可知
「病名の相(あい)類(るい)しあうは多く、みきわめることができません。
故古聖人為之脈法以起度量
故(ゆえ)に古(いにしえ)の聖人はここに脈法をつくり、度量を起こし
立規矩縣權衡案繩墨
コンパス、さしがねを立て、はかりのおもり、さおを懸(か)け、縄墨(なわすみ)をおさえ、
調陰陽別人之脈各名之
陰陽を調べるを以って、人の脈を別(わ)けて各々(おのおの)これに名づけ、
與天地相應參合於人
天地とともに相(あい)応(おう)じあい、人に於いて合(あ)わせくらべ、
故乃別百病以異之有數者能異之
故(ゆえ)にそこで多くの病気を別(わ)けてこれを異にするを以ってしましたが、
数(かず)えるほどのものがこれを異にすることができましたが、
無數者同之然脈法不可勝驗
無数(むすう)のものはこれを同じにしました。然(しか)るに脈法はのこらず調べることができず、
診疾人以度異之乃可別同名
病人を診(み)るに度合(どあ)いを以ってこれを異にして、すなわち同名を別(わ)けるべきで、
命病主在所居今臣意所診者
病(やまい)の主(ぬし)が居(お)るところに在(あ)るを命名(めいめい)しました。
今、わたしが診(み)たところのものは、
皆有診籍所以別之者
皆(みな)診療の書籍(しょせき)が有(あ)るのです。これを別(わ)けるを以ってした所とは、
臣意所受師方適成師死
わたしが学んだところの先生がまさにほどよく成(な)したのです。先生が死んで、
以故表籍所診期決死生
故(ゆえ)を以って書籍の死生を決めて期を診(み)たところを手本にし、
觀所失所得者合脈法以故至今知之
失うところ、得るところをかんがみるのは、脈法に合(あ)わせたのであり、故(ゆえ)を以って今にこれをみきわめるに至ったのです」と。