鼂錯在前及盎請辟人賜
漢御史大夫鼂錯が前におり、袁盎が人払いして間(ま)を賜(たま)わることを請(こ)うに及んで、
錯去固恨甚
漢御史大夫鼂錯は去(さ)り、固(かた)く恨(うら)むこと甚(はなは)だしかった。
袁盎具言吳所以反狀以錯故
袁盎は呉が叛(そむ)く状況になった理由は漢御史大夫鼂錯故(ゆえ)を以ってしたからで、
獨急斬錯以謝吳吳兵乃可罷
ただ急いで漢御史大夫鼂錯を斬って、呉に謝(あやま)るを以ってすれば、呉兵はすなわち止(と)めることができますと具(つぶさ)に言った。
其語具在吳事中使袁盎為太常竇嬰為大將軍
その話しは呉事の中に詳(くわ)しく在(あ)る。袁盎をして漢太常と為し、魏其侯竇嬰をして漢大将軍と為した。
兩人素相與善逮吳反
両人(りょうにん)は素(もと)より相(あい)ともに仲が善かった。呉の反乱をとらえに、
諸陵長者長安中賢大夫爭附兩人車隨者日數百乘
諸(もろもろ)の陵長者、長安中(じゅう)の賢大夫が争って両人により集まり、車がつづくのは毎日数百台。
及鼂錯已誅袁盎以太常使吳
漢御史大夫鼂錯がすでに誅(ちゅう)されるに及んで、漢太常袁盎は太常を以って呉に使(つか)いした。
吳王欲使將不肯欲殺之使一都尉以五百人圍守盎軍中
呉王劉濞は呉将にさしめようと欲したが、よしとしなかったので、これを殺そうと欲し、一人の呉都尉をつかわして、五百人を以って漢太常袁盎軍中を取り囲んで見張らせた。
袁盎自其為吳相時(嘗)有從史嘗盜愛盎侍兒
漢太常袁盎はその呉相と為っていた時より、従史がおり、嘗(かつ)て袁盎の侍児(じこ)を愛し盗み、
盎知之弗泄遇之如故
袁盎はこれを知っていたが、漏(も)らさず、これを以前の如(ごと)くあつかった。
人有告從史言君知爾與侍者通乃亡歸
人の従史に告げる者が有り、言った、「君はなんじが侍者と往き来していることを知っている」と。そこで、逃げ帰った。
袁盎驅自追之遂以侍者賜之復為從史
袁盎は駆(か)けて自らこれを追いかけ、遂(つい)に侍者を以ってこれに賜(たま)わり、ふたたび従史と為した。
及袁盎使吳見守從史適為守盎校尉司馬
漢太常袁盎が呉に使(つか)いして見張られるに及んで、従史はたまたま漢太常袁盎を見張る校尉司馬に為っており、
乃悉以其裝齎置二石醇醪會天寒士卒饑渴
そこで、ことごとく装飾、金品を以って二石(一石は約180.3ℓ)の濃い濁り酒に置き換え、ちょうどこの時、天気は寒く、士卒は餓(う)えて渇(かわ)き、
飲酒醉西南陬卒皆臥司馬夜引袁盎起曰
酒を飲んで酔(よ)い、西南の区域の兵は皆(みな)横になって寝てしまった。司馬は夜、漢太常袁盎を引いて起(お)こし、曰く、
君可以去矣吳王期旦日斬君
「君は去(さ)るを以ってするべきです。呉王は夜明けに君を斬ろうと待ち受けています」と。
漢御史大夫鼂錯が前におり、袁盎が人払いして間(ま)を賜(たま)わることを請(こ)うに及んで、
錯去固恨甚
漢御史大夫鼂錯は去(さ)り、固(かた)く恨(うら)むこと甚(はなは)だしかった。
袁盎具言吳所以反狀以錯故
袁盎は呉が叛(そむ)く状況になった理由は漢御史大夫鼂錯故(ゆえ)を以ってしたからで、
獨急斬錯以謝吳吳兵乃可罷
ただ急いで漢御史大夫鼂錯を斬って、呉に謝(あやま)るを以ってすれば、呉兵はすなわち止(と)めることができますと具(つぶさ)に言った。
其語具在吳事中使袁盎為太常竇嬰為大將軍
その話しは呉事の中に詳(くわ)しく在(あ)る。袁盎をして漢太常と為し、魏其侯竇嬰をして漢大将軍と為した。
兩人素相與善逮吳反
両人(りょうにん)は素(もと)より相(あい)ともに仲が善かった。呉の反乱をとらえに、
諸陵長者長安中賢大夫爭附兩人車隨者日數百乘
諸(もろもろ)の陵長者、長安中(じゅう)の賢大夫が争って両人により集まり、車がつづくのは毎日数百台。
及鼂錯已誅袁盎以太常使吳
漢御史大夫鼂錯がすでに誅(ちゅう)されるに及んで、漢太常袁盎は太常を以って呉に使(つか)いした。
吳王欲使將不肯欲殺之使一都尉以五百人圍守盎軍中
呉王劉濞は呉将にさしめようと欲したが、よしとしなかったので、これを殺そうと欲し、一人の呉都尉をつかわして、五百人を以って漢太常袁盎軍中を取り囲んで見張らせた。
袁盎自其為吳相時(嘗)有從史嘗盜愛盎侍兒
漢太常袁盎はその呉相と為っていた時より、従史がおり、嘗(かつ)て袁盎の侍児(じこ)を愛し盗み、
盎知之弗泄遇之如故
袁盎はこれを知っていたが、漏(も)らさず、これを以前の如(ごと)くあつかった。
人有告從史言君知爾與侍者通乃亡歸
人の従史に告げる者が有り、言った、「君はなんじが侍者と往き来していることを知っている」と。そこで、逃げ帰った。
袁盎驅自追之遂以侍者賜之復為從史
袁盎は駆(か)けて自らこれを追いかけ、遂(つい)に侍者を以ってこれに賜(たま)わり、ふたたび従史と為した。
及袁盎使吳見守從史適為守盎校尉司馬
漢太常袁盎が呉に使(つか)いして見張られるに及んで、従史はたまたま漢太常袁盎を見張る校尉司馬に為っており、
乃悉以其裝齎置二石醇醪會天寒士卒饑渴
そこで、ことごとく装飾、金品を以って二石(一石は約180.3ℓ)の濃い濁り酒に置き換え、ちょうどこの時、天気は寒く、士卒は餓(う)えて渇(かわ)き、
飲酒醉西南陬卒皆臥司馬夜引袁盎起曰
酒を飲んで酔(よ)い、西南の区域の兵は皆(みな)横になって寝てしまった。司馬は夜、漢太常袁盎を引いて起(お)こし、曰く、
君可以去矣吳王期旦日斬君
「君は去(さ)るを以ってするべきです。呉王は夜明けに君を斬ろうと待ち受けています」と。