開皇初頻有使入朝
(隋の)開皇(581年~600年)の初め、頻(たびたび)に使者の入朝が有った。
及平陳之後湯大懼
陳の平定(589年)の後に及んで、高句麗王湯(平原王 在位559年~590年)は大いに(隋を)懼(おそ)れ、
治兵積穀為守拒之策
兵を治めて穀物を積(たくわえる)し、守拒の策をとった。
(隋の)開皇(581年~600年)の初め、頻(たびたび)に使者の入朝が有った。
及平陳之後湯大懼
陳の平定(589年)の後に及んで、高句麗王湯(平原王 在位559年~590年)は大いに(隋を)懼(おそ)れ、
治兵積穀為守拒之策
兵を治めて穀物を積(たくわえる)し、守拒の策をとった。