夫無所發怒乃罵臨汝侯曰
灌夫は怒りを発するところ無く、そこで臨汝侯を罵(ののし)って曰く、
生平毀程不識不直一錢今日長者為壽
「ふだん、程不識は一銭にも値(あたい)しないとそしっておりながら、今日、長者が寿(ことほ)ぎを為しているのに、
乃效女兒呫囁耳語武安謂灌夫曰
そこで、女子供をまねてひそひそと耳に囁(ささや)いて話すのか」と。漢丞相武安侯田蚡は灌夫に謂(い)った、曰く、
程李俱東西宮衛尉今眾辱程將軍
「程、李はともに東西の宮の衛尉で、今、程将軍を衆前で辱(はずか)しめ、
仲孺獨不為李將軍地乎灌夫曰
仲孺(灌夫)はただ李将軍の立場を思わないのか」と。
今日斬頭陷匈何知程李乎
「今日、頭を斬られ胸を突き刺されようが、どうして程、李のことなど知ろうか」と。
坐乃起更衣稍稍去魏其侯去麾灌夫出
座ってそこで立ち上がり衣を改(あらた)めて、稍稍(しょうしょう)とようやく去(さ)った。魏其侯は去って灌夫をさしまねいて出ようとした。
武安遂怒曰此吾驕灌夫罪
漢丞相武安侯田蚡は遂(つい)に怒って曰く、「これは吾(われ)が灌夫の罪を甘やかしていた」と。
乃令騎留灌夫灌夫欲出不得
そこで騎兵に令(れい)して灌夫を留(とど)めさせた。灌夫は出ることを欲したが得られなかった。
籍福起為謝案灌夫項令謝
籍福が立ち上がって謝(しゃ)を為し、灌夫のえりくびをおさえて謝(あやま)らせようとした。
夫愈怒不肯謝武安乃麾騎縛夫置傳舍召長史曰
灌夫は愈々(いよいよ)怒り、謝(しゃ)するをよしとしなかった。漢丞相武安侯田蚡はそこで騎兵に指図(さしず)して灌夫を縛(しば)らせ伝舎に置かせ、長史を召し寄せて曰く、
今日召宗室有詔
「今日、一族を召(め)したのは、詔(みことのり)が有ったのだ」と。
劾灌夫罵坐不敬系居室
灌夫を弾劾(だんがい)して不敬の罪に問い、居室に繋(つな)いだ。
遂按其前事遣吏分曹逐捕諸灌氏支屬皆得棄市罪
遂(つい)にその前の事を調べ、役人を遣(つか)わし仲間を分(わ)けて、諸(もろもろ)の灌氏の支属(しぞく)を捕(と)らえさせ、皆(みな)棄市罪を得させた。
魏其侯大媿為資使賓客請莫能解
魏其侯竇嬰は大いにはじて、資金を為して賓客をして請(こ)わせたが、解(と)くことはできなかった。
武安吏皆為耳目諸灌氏皆亡匿
漢丞相武安侯田蚡の役人は皆(みな)耳目と為ってはたらいたが、諸(もろもろ)の灌氏は皆(みな)
にげて匿(かくま)われた。
夫系遂不得告言武安陰事
灌夫が繋(つなが)れて、遂(つい)に漢丞相武安侯田蚡の陰事を言上して告げることを得なかった。
魏其銳身為救灌夫夫人諫魏其曰
魏其侯竇嬰は一生懸命に灌夫を救(すく)おうと思った。夫人が魏其侯竇嬰を諌(いさ)めて曰く、
灌將軍得罪丞相與太后家忤寧可救邪
「灌将軍は丞相に罪を得て、王太后家とさからい、よもや救(すく)うべきでしょうか?」と。
魏其侯曰侯自我得之自我捐之無所恨
魏其侯竇嬰曰く、「侯位は我(われ)からこれを得て、我(われ)からこれを棄て去っても
恨(うら)むところでは無い。
且終不令灌仲孺獨死嬰獨生
まさに終(しま)いまで、灌仲孺(灌夫)が独(ひと)り死んで、わたしが独(ひと)り生きさしめることはない」と。
乃匿其家竊出上書
そこでその家を匿(かくま)って、ひそかに上書を出した。
立召入具言灌夫醉飽事不足誅
立ちどころに召し入れられ、具(つぶさ)に灌夫が酒に酔(よ)って満腹になっての事で、誅(ちゅう)するには足(た)らないと言上した。
上然之賜魏其食曰東朝廷辯之
上(漢孝武帝劉徹)はこれを然(しか)りと思い、魏其侯竇嬰に食事を賜(たまわ)り、曰く、
「朝廷に東(ひがし)してこれを弁(べん)ぜよ」と。
灌夫は怒りを発するところ無く、そこで臨汝侯を罵(ののし)って曰く、
生平毀程不識不直一錢今日長者為壽
「ふだん、程不識は一銭にも値(あたい)しないとそしっておりながら、今日、長者が寿(ことほ)ぎを為しているのに、
乃效女兒呫囁耳語武安謂灌夫曰
そこで、女子供をまねてひそひそと耳に囁(ささや)いて話すのか」と。漢丞相武安侯田蚡は灌夫に謂(い)った、曰く、
程李俱東西宮衛尉今眾辱程將軍
「程、李はともに東西の宮の衛尉で、今、程将軍を衆前で辱(はずか)しめ、
仲孺獨不為李將軍地乎灌夫曰
仲孺(灌夫)はただ李将軍の立場を思わないのか」と。
今日斬頭陷匈何知程李乎
「今日、頭を斬られ胸を突き刺されようが、どうして程、李のことなど知ろうか」と。
坐乃起更衣稍稍去魏其侯去麾灌夫出
座ってそこで立ち上がり衣を改(あらた)めて、稍稍(しょうしょう)とようやく去(さ)った。魏其侯は去って灌夫をさしまねいて出ようとした。
武安遂怒曰此吾驕灌夫罪
漢丞相武安侯田蚡は遂(つい)に怒って曰く、「これは吾(われ)が灌夫の罪を甘やかしていた」と。
乃令騎留灌夫灌夫欲出不得
そこで騎兵に令(れい)して灌夫を留(とど)めさせた。灌夫は出ることを欲したが得られなかった。
籍福起為謝案灌夫項令謝
籍福が立ち上がって謝(しゃ)を為し、灌夫のえりくびをおさえて謝(あやま)らせようとした。
夫愈怒不肯謝武安乃麾騎縛夫置傳舍召長史曰
灌夫は愈々(いよいよ)怒り、謝(しゃ)するをよしとしなかった。漢丞相武安侯田蚡はそこで騎兵に指図(さしず)して灌夫を縛(しば)らせ伝舎に置かせ、長史を召し寄せて曰く、
今日召宗室有詔
「今日、一族を召(め)したのは、詔(みことのり)が有ったのだ」と。
劾灌夫罵坐不敬系居室
灌夫を弾劾(だんがい)して不敬の罪に問い、居室に繋(つな)いだ。
遂按其前事遣吏分曹逐捕諸灌氏支屬皆得棄市罪
遂(つい)にその前の事を調べ、役人を遣(つか)わし仲間を分(わ)けて、諸(もろもろ)の灌氏の支属(しぞく)を捕(と)らえさせ、皆(みな)棄市罪を得させた。
魏其侯大媿為資使賓客請莫能解
魏其侯竇嬰は大いにはじて、資金を為して賓客をして請(こ)わせたが、解(と)くことはできなかった。
武安吏皆為耳目諸灌氏皆亡匿
漢丞相武安侯田蚡の役人は皆(みな)耳目と為ってはたらいたが、諸(もろもろ)の灌氏は皆(みな)
にげて匿(かくま)われた。
夫系遂不得告言武安陰事
灌夫が繋(つなが)れて、遂(つい)に漢丞相武安侯田蚡の陰事を言上して告げることを得なかった。
魏其銳身為救灌夫夫人諫魏其曰
魏其侯竇嬰は一生懸命に灌夫を救(すく)おうと思った。夫人が魏其侯竇嬰を諌(いさ)めて曰く、
灌將軍得罪丞相與太后家忤寧可救邪
「灌将軍は丞相に罪を得て、王太后家とさからい、よもや救(すく)うべきでしょうか?」と。
魏其侯曰侯自我得之自我捐之無所恨
魏其侯竇嬰曰く、「侯位は我(われ)からこれを得て、我(われ)からこれを棄て去っても
恨(うら)むところでは無い。
且終不令灌仲孺獨死嬰獨生
まさに終(しま)いまで、灌仲孺(灌夫)が独(ひと)り死んで、わたしが独(ひと)り生きさしめることはない」と。
乃匿其家竊出上書
そこでその家を匿(かくま)って、ひそかに上書を出した。
立召入具言灌夫醉飽事不足誅
立ちどころに召し入れられ、具(つぶさ)に灌夫が酒に酔(よ)って満腹になっての事で、誅(ちゅう)するには足(た)らないと言上した。
上然之賜魏其食曰東朝廷辯之
上(漢孝武帝劉徹)はこれを然(しか)りと思い、魏其侯竇嬰に食事を賜(たまわ)り、曰く、
「朝廷に東(ひがし)してこれを弁(べん)ぜよ」と。