吏苛察盜賊惡少年投缿購告言姦置伯格長以牧司姦盜賊
役人はきびしくとりしまり、盜賊、惡少年は、投書箱、賞金をかけたことにより、不正を告発し、伯格長を置いて、不正、盗賊を管理するを以ってした。
溫舒為人讇善事有埶者即無埶者視之如奴
王温舒の人と為りは有勢者には善事をへつらい、すなわち、勢力な無い者には、これを下男の如(ごと)く視(み)た。
有埶家雖有姦如山弗犯無埶者貴戚必侵辱
勢力の有る家には、不正が山ほど有ると雖(いえど)も、犯(おか)さず、勢いの無い者には、貴戚でも必ず侵(おか)し辱(はずかし)めた。
舞文巧詆下戶之猾以熏大豪其治中尉如此
法文を乱用して巧(たく)みに貧しい人の悪賢い者をそしり、大豪(大勢力者)をいぶす(勢いを盛んにすること)を以ってした。その中尉の仕事を治(おさ)めるは、この如(ごと)くであった。
姦猾窮治大抵盡靡爛獄中行論無出者
姦猾(かんかつ ずるがしこい)は取り調べを窮(きわ)め、大抵(たいてい)獄中で尽きてたおれ、論を行って出る者は無かった。
其爪牙吏虎而冠於是中尉部中中猾以下皆伏
その爪(つめ)牙((きば)の役人は虎(とら)にして冠(かんむり)をつけていた。ここに於いて
漢中尉王温舒は中の、猾(悪賢いもの)に中(あた)るもの以下を部分けして皆(みな)かくれ伏(ふ)させ、
有勢者為游聲譽稱治
勢いの有る者は巡(めぐ)って誉(ほまれ)をうわさし、(王温舒の)治(ち)を称(たた)えた。
治數歲其吏多以權富
治めて数年、その役人の多くが権力があって富(と)むを以ってした。
溫舒擊東越還議有不中意者坐小法抵罪免
漢中尉王温舒は東越を撃(う)って還(かえ)り、意(い)に中(あた)らなかったものが有ったことを議し細かな法に罪を問われて、罪にふれて免ぜられた。
是時天子方欲作通天臺而未有人
この時、天子(漢孝武帝劉徹)はまさに通天台を作ることを欲し、しこうして、未(ま)だ人がなく、
溫舒請覆中尉脫卒得數萬人作
漢中尉王温舒は中尉を覆(くつがえ)して脱(だっ)した兵を請(こ)い、数万人を得て、(通天台)を作った。
上說拜為少府徙為右內史治如其故姦邪少禁
上(漢孝武帝劉徹)はよろこび、官をさずけて少府と為さしめた。移って、右内史と為り、治(ち)はその以前の如(ごと)くして、不正は差し止められることは少なかった。
坐法失官復為右輔行中尉事如故操
(漢右内史王温舒は)法に罪を問われて官を失った。ふたたび右輔と為って、中尉の事を行った。以前の如(ごと)く操(あやつ)った。
歲餘會宛軍發詔徵豪吏溫舒匿其吏華成
一年余りして、宛軍が発されるに会し、詔(みことのり)して強い役人を召(め)した。漢右輔王温舒はその役人の華成を匿(かくま)った。
及人有變告溫舒受員騎錢他姦利事罪至族自殺
人にそむくものが有り、漢右輔王徐自為温舒が員騎銭を受けとったり、他の不正に事に利(り)していることを告げた。罪は族刑に至り、自殺した。
其時兩弟及兩婚家亦各自坐他罪而族
その時、二人の弟、及び二つの婚家(こんか)もまた各(おのおの)が自ら他の罪を問われて、族刑に処された。
役人はきびしくとりしまり、盜賊、惡少年は、投書箱、賞金をかけたことにより、不正を告発し、伯格長を置いて、不正、盗賊を管理するを以ってした。
溫舒為人讇善事有埶者即無埶者視之如奴
王温舒の人と為りは有勢者には善事をへつらい、すなわち、勢力な無い者には、これを下男の如(ごと)く視(み)た。
有埶家雖有姦如山弗犯無埶者貴戚必侵辱
勢力の有る家には、不正が山ほど有ると雖(いえど)も、犯(おか)さず、勢いの無い者には、貴戚でも必ず侵(おか)し辱(はずかし)めた。
舞文巧詆下戶之猾以熏大豪其治中尉如此
法文を乱用して巧(たく)みに貧しい人の悪賢い者をそしり、大豪(大勢力者)をいぶす(勢いを盛んにすること)を以ってした。その中尉の仕事を治(おさ)めるは、この如(ごと)くであった。
姦猾窮治大抵盡靡爛獄中行論無出者
姦猾(かんかつ ずるがしこい)は取り調べを窮(きわ)め、大抵(たいてい)獄中で尽きてたおれ、論を行って出る者は無かった。
其爪牙吏虎而冠於是中尉部中中猾以下皆伏
その爪(つめ)牙((きば)の役人は虎(とら)にして冠(かんむり)をつけていた。ここに於いて
漢中尉王温舒は中の、猾(悪賢いもの)に中(あた)るもの以下を部分けして皆(みな)かくれ伏(ふ)させ、
有勢者為游聲譽稱治
勢いの有る者は巡(めぐ)って誉(ほまれ)をうわさし、(王温舒の)治(ち)を称(たた)えた。
治數歲其吏多以權富
治めて数年、その役人の多くが権力があって富(と)むを以ってした。
溫舒擊東越還議有不中意者坐小法抵罪免
漢中尉王温舒は東越を撃(う)って還(かえ)り、意(い)に中(あた)らなかったものが有ったことを議し細かな法に罪を問われて、罪にふれて免ぜられた。
是時天子方欲作通天臺而未有人
この時、天子(漢孝武帝劉徹)はまさに通天台を作ることを欲し、しこうして、未(ま)だ人がなく、
溫舒請覆中尉脫卒得數萬人作
漢中尉王温舒は中尉を覆(くつがえ)して脱(だっ)した兵を請(こ)い、数万人を得て、(通天台)を作った。
上說拜為少府徙為右內史治如其故姦邪少禁
上(漢孝武帝劉徹)はよろこび、官をさずけて少府と為さしめた。移って、右内史と為り、治(ち)はその以前の如(ごと)くして、不正は差し止められることは少なかった。
坐法失官復為右輔行中尉事如故操
(漢右内史王温舒は)法に罪を問われて官を失った。ふたたび右輔と為って、中尉の事を行った。以前の如(ごと)く操(あやつ)った。
歲餘會宛軍發詔徵豪吏溫舒匿其吏華成
一年余りして、宛軍が発されるに会し、詔(みことのり)して強い役人を召(め)した。漢右輔王温舒はその役人の華成を匿(かくま)った。
及人有變告溫舒受員騎錢他姦利事罪至族自殺
人にそむくものが有り、漢右輔王徐自為温舒が員騎銭を受けとったり、他の不正に事に利(り)していることを告げた。罪は族刑に至り、自殺した。
其時兩弟及兩婚家亦各自坐他罪而族
その時、二人の弟、及び二つの婚家(こんか)もまた各(おのおの)が自ら他の罪を問われて、族刑に処された。