至南鄭諸將行道亡者數十人
南鄭に至り、(漢の)諸将は行きながら道々(みちみち)で逃亡した者は数十人。
信度何等已數言上上不我用即亡
漢治粟都尉韓信は漢丞相蕭何らがすでにたびたび言上したが、上(漢王劉邦)は我(われ)を用(もち)いないと考え、すなわち逃げた。
何聞信亡不及以聞自追之
漢丞相蕭何は漢治粟都尉韓信が逃げたことを聞き、申し上げるを以ってするに及(およ)ばずに、自(みずか)らこれを追(お)った。
人有言上曰丞相何亡
人の言上するものが有り曰く、「丞相(蕭何)が逃げました」と。
上大怒如失左右手居一二日
上(漢王劉邦)は、左右の手(て)を失ったが如(ごと)く、大いに怒った。一、二日たって、
何來謁上上且怒且喜罵何曰
漢丞相蕭何が来て上(漢王劉邦)に謁見(えっけん)し、上(漢王劉邦)は怒りながら一方では喜び、
漢丞相蕭何を罵(ののし)って曰く、
若亡何也何曰
「なんじが逃げたのは、どうしてなのか?」と。漢丞相蕭何曰く、
臣不敢亡也臣追亡者上曰
「わたしは決して逃げたのではなく、わたしは逃げた者を追(お)いかけたのです」と。
上(漢王劉邦)曰く、
若所追者誰何曰韓信也
「なんじが追いかけた所の者は誰なのか?」と。曰く、「韓信であります」と。
上復罵曰諸將亡者以十數
上(漢王劉邦)はふたたび罵(ののし)って曰く、「諸将の逃げた者は十を以って数えたが、
公無所追追信詐也
おぬしが追いかけた所の者は無かった。韓信を追いかけたというのは偽(いつわ)りだろう」と。
何曰諸將易得耳至如信者
漢丞相蕭何曰く、「諸将は簡単に得られて、それのみであります。韓信に如(ごと)くの者に至っては、
國士無雙王必欲長王漢中無所事信
名士(めいし)で二人といません。王(漢王劉邦)が必ず長く漢中で王でいることを欲するなら、韓信を仕(つか)えさせるところはありません。
必欲爭天下非信無所與計事者
かならず天下を争うことを欲するなら、韓信でなければ、ともに事(こと)を計(はか)るところの者はおりません。
顧王策安所決耳王曰
王(漢王劉邦)の計画が、決するところはいずこであるかをかんがみるのみ」と。漢王劉邦曰く、
吾亦欲東耳安能郁郁久居此乎
「吾(われ)はまた東に進むことを欲するのみ。どうして郁々(いくいく)と長(なが)くここ(漢中)に居(お)ることができようか」と。
南鄭に至り、(漢の)諸将は行きながら道々(みちみち)で逃亡した者は数十人。
信度何等已數言上上不我用即亡
漢治粟都尉韓信は漢丞相蕭何らがすでにたびたび言上したが、上(漢王劉邦)は我(われ)を用(もち)いないと考え、すなわち逃げた。
何聞信亡不及以聞自追之
漢丞相蕭何は漢治粟都尉韓信が逃げたことを聞き、申し上げるを以ってするに及(およ)ばずに、自(みずか)らこれを追(お)った。
人有言上曰丞相何亡
人の言上するものが有り曰く、「丞相(蕭何)が逃げました」と。
上大怒如失左右手居一二日
上(漢王劉邦)は、左右の手(て)を失ったが如(ごと)く、大いに怒った。一、二日たって、
何來謁上上且怒且喜罵何曰
漢丞相蕭何が来て上(漢王劉邦)に謁見(えっけん)し、上(漢王劉邦)は怒りながら一方では喜び、
漢丞相蕭何を罵(ののし)って曰く、
若亡何也何曰
「なんじが逃げたのは、どうしてなのか?」と。漢丞相蕭何曰く、
臣不敢亡也臣追亡者上曰
「わたしは決して逃げたのではなく、わたしは逃げた者を追(お)いかけたのです」と。
上(漢王劉邦)曰く、
若所追者誰何曰韓信也
「なんじが追いかけた所の者は誰なのか?」と。曰く、「韓信であります」と。
上復罵曰諸將亡者以十數
上(漢王劉邦)はふたたび罵(ののし)って曰く、「諸将の逃げた者は十を以って数えたが、
公無所追追信詐也
おぬしが追いかけた所の者は無かった。韓信を追いかけたというのは偽(いつわ)りだろう」と。
何曰諸將易得耳至如信者
漢丞相蕭何曰く、「諸将は簡単に得られて、それのみであります。韓信に如(ごと)くの者に至っては、
國士無雙王必欲長王漢中無所事信
名士(めいし)で二人といません。王(漢王劉邦)が必ず長く漢中で王でいることを欲するなら、韓信を仕(つか)えさせるところはありません。
必欲爭天下非信無所與計事者
かならず天下を争うことを欲するなら、韓信でなければ、ともに事(こと)を計(はか)るところの者はおりません。
顧王策安所決耳王曰
王(漢王劉邦)の計画が、決するところはいずこであるかをかんがみるのみ」と。漢王劉邦曰く、
吾亦欲東耳安能郁郁久居此乎
「吾(われ)はまた東に進むことを欲するのみ。どうして郁々(いくいく)と長(なが)くここ(漢中)に居(お)ることができようか」と。