至其時西門豹往會之河上
その時に至り、西門豹は往って河のほとりでこれに会した。
三老官屬豪長者裏父老皆會以人民往觀之者三二千人
三老、官属、豪長者、里の父老は皆(みな)会し、人民を以ってこれに観に往く者は三、二千人。
其巫老女子也已年七十
その巫(みこ)は老女子であり、すでに年は七十歳。
從弟子女十人所皆衣單衣立大巫后
弟子の女十人ほどを従(したが)え、皆(みな)絹の単衣(ひとえ)を着て、大巫の後ろに立っていた。
西門豹曰呼河伯婦來視其好醜
西門豹曰く、「河伯の婦人を呼んで来させなさい、その好いが醜いがを視(み)る」と。
即將女出帷中來至前
そこでまさに娘が帷(とばり)の中から出て、前に至り来た。
豹視之顧謂三老巫祝父老曰
西門豹はこれを視(み)て、顧(かえり)みて三老、巫祝、父老に謂(い)った、曰く、
是女子不好煩大巫嫗為入報河伯得更求好女后日送之
「この女子は好くない、大巫のおうなには煩(わずら)わせるが入って河伯に、更(さら)に好い娘を求めて、後日にこれを送ることにしたと報告をしてください」と。
即使吏卒共抱大巫嫗投之河中
そこで吏卒をつかわし共(とも)に大巫のおうなを抱(かか)えて河の中にこれを投(な)げた。
有頃曰巫嫗何久也弟子趣之
しばらくして、曰く、「巫のおうなは何を久しくしているのか?弟子はこれに趣(おもむ)けよ」と。
復以弟子一人投河中
ふたたび弟子の一人を以って河の中に投(な)げた。
有頃曰弟子何久也復使一人趣之復投一弟子河中
しばらくして、曰く、「弟子は何を久しくしているのか?ふたたび一人をつかわしこれに趣(おもむ)けよ」と。ふたたび一人の弟子を河の中に投(な)げた。
凡投三弟子西門豹曰巫嫗弟子是女子也
凡(およ)そ三人の弟子を投げた。西門豹曰く、「巫のおうなの弟子はこれ女子であり、
不能白事煩三老為入白之
事を告げることができない。三老を煩(わずら)わせるが入ってこれに告げてください」と。
復投三老河中西門豹簪筆磬折向河立待良久
ふたたび三老を河の中に投(な)げた。西門豹、簪筆(しんぴつ 下級の役人)は磬折 (磬(けい 楽器の一つ)の形のようにからだをへの字にまげてうやうやしく礼をすること)して、河に向って立ちしばらく待(ま)った。
長老吏傍觀者皆驚恐西門豹顧曰
長老、役人の傍観者は皆(みな)驚き恐れた。西門豹は顧(かえり)みて曰く、
巫嫗三老不來還柰之何欲復使廷掾與豪長者一人入趣之
「巫のおうな、三老は還って来ず、どうしたらよいだろうか」と。ふたたび廷掾と豪長者一人をふたたびつかわしてこれに趣(おもむ)かせに入らせようと欲した。
皆叩頭叩頭且破額血流地色如死灰
皆(みな)叩頭(こうとう)し、叩頭(こうとう)してまさに破れ、額(ひたい)の血が地面に流れ、
顔色は燃え尽きた灰の色の如(ごと)くになった。
西門豹曰諾且留待之須臾
西門豹曰く、「わかった、まさに留(とど)めてこれをしばしの間待とう。
須臾豹曰廷掾起矣狀河伯留客之久若皆罷去歸矣
少しして、西門豹曰く、「廷掾は立ち上がりなさい。ようすは、河伯が客を久しく留めているようなので、なんじらは皆(みな)退去して帰りなさい」と。
鄴吏民大驚恐從是以後不敢復言為河伯娶婦
鄴の役人の民は大いに驚き恐れ、これより以後、敢(あ)えてふたたび河伯の為(ため)に婦人を娶(めと)ろうと言わなかった。
西門豹即發民鑿十二渠引河水灌民田田皆溉
西門豹はそこで民を発して十二の掘割(ほりわり)を掘(ほ)らせ、河の水を引いて民の田に注(そそ)ぎ、田は皆(みな)注(そそ)がれた。
當其時民治渠少煩苦不欲也
この時に当たって、民は掘割(ほりわり)を治めて少し煩(わずら)わしく苦しみ、欲さなかったのである。
豹曰民可以樂成不可與慮始
西門豹曰く、「民は楽(らく)を以って成すことはできるが、慮(おもんばか)りとともに始めることはできない。
今父老子弟雖患苦我然百歲後期令父老子孫思我言
今、父老の子弟は我(われ)に患(うれ)い苦しんでいると雖(いえど)も、然るに百年後、父老の子孫が我の言(げん)を思うことを約束する」と。
至今皆得水利民人以給足富
今に至り皆(みな)水利(すいり)を得て、人民は十分に足りるを以って富(と)んだ。
十二渠經絕馳道到漢之立而長吏以為十二渠橋絕馳道相比近不可
十二の掘割の道は馳道(天子や貴人の通る道筋)を絶(た)ち、漢の立つに到(いた)りて、長吏が十二の掘割の橋が馳道を絶って、相(あい)となりあって、よくないと思った。
欲合渠水且至馳道合三渠為一橋
掘割の川を合(あ)わせ、まさに馳道に到ったら三つのほりわりを合(あ)わせて一つの橋をつくろうと欲した。
鄴民人父老不肯聽長吏以為西門君所為也賢君之法式不可更也
鄴の人民、父老は長吏を聴き入れることをよしとせず、西門君が為したところを思い、賢君の法式は改(あらた)めるべきではないとした。
長吏終聽置之故西門豹為鄴令名聞天下
長吏はとうとう聴き入れてこれを放置した。故(ゆえ)に西門豹は鄴令に為って、名は天下に聞こえ、
澤流後世無絕已時幾可謂非賢大夫哉
恩沢は後世に流れ、絶えて終わる時が無く、どうして賢大夫でないといえようかな。
傳曰子產治鄭民不能欺
伝曰く、「子産が鄭を治(おさ)め、民は欺(あざむ)くことができず、
子賤治單父民不忍欺西門豹治鄴民不敢欺
子賤が単父を治(おさ)め、民は欺(あざむ)くことに忍ばれず、西門豹が鄴を治め、民は敢(あ)えて欺(あざむ)かなかった。
三子之才能誰最賢哉辨治者當能別之
三氏の才能は誰が最も賢(かしこ)いかな。治をわきまえる者は当然これを識別することができなければならない」と。
今日で史記 滑稽列伝は終わりです。明日からは史記 日者列伝に入ります。
その時に至り、西門豹は往って河のほとりでこれに会した。
三老官屬豪長者裏父老皆會以人民往觀之者三二千人
三老、官属、豪長者、里の父老は皆(みな)会し、人民を以ってこれに観に往く者は三、二千人。
其巫老女子也已年七十
その巫(みこ)は老女子であり、すでに年は七十歳。
從弟子女十人所皆衣單衣立大巫后
弟子の女十人ほどを従(したが)え、皆(みな)絹の単衣(ひとえ)を着て、大巫の後ろに立っていた。
西門豹曰呼河伯婦來視其好醜
西門豹曰く、「河伯の婦人を呼んで来させなさい、その好いが醜いがを視(み)る」と。
即將女出帷中來至前
そこでまさに娘が帷(とばり)の中から出て、前に至り来た。
豹視之顧謂三老巫祝父老曰
西門豹はこれを視(み)て、顧(かえり)みて三老、巫祝、父老に謂(い)った、曰く、
是女子不好煩大巫嫗為入報河伯得更求好女后日送之
「この女子は好くない、大巫のおうなには煩(わずら)わせるが入って河伯に、更(さら)に好い娘を求めて、後日にこれを送ることにしたと報告をしてください」と。
即使吏卒共抱大巫嫗投之河中
そこで吏卒をつかわし共(とも)に大巫のおうなを抱(かか)えて河の中にこれを投(な)げた。
有頃曰巫嫗何久也弟子趣之
しばらくして、曰く、「巫のおうなは何を久しくしているのか?弟子はこれに趣(おもむ)けよ」と。
復以弟子一人投河中
ふたたび弟子の一人を以って河の中に投(な)げた。
有頃曰弟子何久也復使一人趣之復投一弟子河中
しばらくして、曰く、「弟子は何を久しくしているのか?ふたたび一人をつかわしこれに趣(おもむ)けよ」と。ふたたび一人の弟子を河の中に投(な)げた。
凡投三弟子西門豹曰巫嫗弟子是女子也
凡(およ)そ三人の弟子を投げた。西門豹曰く、「巫のおうなの弟子はこれ女子であり、
不能白事煩三老為入白之
事を告げることができない。三老を煩(わずら)わせるが入ってこれに告げてください」と。
復投三老河中西門豹簪筆磬折向河立待良久
ふたたび三老を河の中に投(な)げた。西門豹、簪筆(しんぴつ 下級の役人)は磬折 (磬(けい 楽器の一つ)の形のようにからだをへの字にまげてうやうやしく礼をすること)して、河に向って立ちしばらく待(ま)った。
長老吏傍觀者皆驚恐西門豹顧曰
長老、役人の傍観者は皆(みな)驚き恐れた。西門豹は顧(かえり)みて曰く、
巫嫗三老不來還柰之何欲復使廷掾與豪長者一人入趣之
「巫のおうな、三老は還って来ず、どうしたらよいだろうか」と。ふたたび廷掾と豪長者一人をふたたびつかわしてこれに趣(おもむ)かせに入らせようと欲した。
皆叩頭叩頭且破額血流地色如死灰
皆(みな)叩頭(こうとう)し、叩頭(こうとう)してまさに破れ、額(ひたい)の血が地面に流れ、
顔色は燃え尽きた灰の色の如(ごと)くになった。
西門豹曰諾且留待之須臾
西門豹曰く、「わかった、まさに留(とど)めてこれをしばしの間待とう。
須臾豹曰廷掾起矣狀河伯留客之久若皆罷去歸矣
少しして、西門豹曰く、「廷掾は立ち上がりなさい。ようすは、河伯が客を久しく留めているようなので、なんじらは皆(みな)退去して帰りなさい」と。
鄴吏民大驚恐從是以後不敢復言為河伯娶婦
鄴の役人の民は大いに驚き恐れ、これより以後、敢(あ)えてふたたび河伯の為(ため)に婦人を娶(めと)ろうと言わなかった。
西門豹即發民鑿十二渠引河水灌民田田皆溉
西門豹はそこで民を発して十二の掘割(ほりわり)を掘(ほ)らせ、河の水を引いて民の田に注(そそ)ぎ、田は皆(みな)注(そそ)がれた。
當其時民治渠少煩苦不欲也
この時に当たって、民は掘割(ほりわり)を治めて少し煩(わずら)わしく苦しみ、欲さなかったのである。
豹曰民可以樂成不可與慮始
西門豹曰く、「民は楽(らく)を以って成すことはできるが、慮(おもんばか)りとともに始めることはできない。
今父老子弟雖患苦我然百歲後期令父老子孫思我言
今、父老の子弟は我(われ)に患(うれ)い苦しんでいると雖(いえど)も、然るに百年後、父老の子孫が我の言(げん)を思うことを約束する」と。
至今皆得水利民人以給足富
今に至り皆(みな)水利(すいり)を得て、人民は十分に足りるを以って富(と)んだ。
十二渠經絕馳道到漢之立而長吏以為十二渠橋絕馳道相比近不可
十二の掘割の道は馳道(天子や貴人の通る道筋)を絶(た)ち、漢の立つに到(いた)りて、長吏が十二の掘割の橋が馳道を絶って、相(あい)となりあって、よくないと思った。
欲合渠水且至馳道合三渠為一橋
掘割の川を合(あ)わせ、まさに馳道に到ったら三つのほりわりを合(あ)わせて一つの橋をつくろうと欲した。
鄴民人父老不肯聽長吏以為西門君所為也賢君之法式不可更也
鄴の人民、父老は長吏を聴き入れることをよしとせず、西門君が為したところを思い、賢君の法式は改(あらた)めるべきではないとした。
長吏終聽置之故西門豹為鄴令名聞天下
長吏はとうとう聴き入れてこれを放置した。故(ゆえ)に西門豹は鄴令に為って、名は天下に聞こえ、
澤流後世無絕已時幾可謂非賢大夫哉
恩沢は後世に流れ、絶えて終わる時が無く、どうして賢大夫でないといえようかな。
傳曰子產治鄭民不能欺
伝曰く、「子産が鄭を治(おさ)め、民は欺(あざむ)くことができず、
子賤治單父民不忍欺西門豹治鄴民不敢欺
子賤が単父を治(おさ)め、民は欺(あざむ)くことに忍ばれず、西門豹が鄴を治め、民は敢(あ)えて欺(あざむ)かなかった。
三子之才能誰最賢哉辨治者當能別之
三氏の才能は誰が最も賢(かしこ)いかな。治をわきまえる者は当然これを識別することができなければならない」と。
今日で史記 滑稽列伝は終わりです。明日からは史記 日者列伝に入ります。