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Channel: 倭人伝を解く
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猗頓用盬鹽起

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猗頓用盬鹽起而邯鄲郭縱以鐵冶成業與王者埒富

猗頓は盬塩(こえん あらしお)を用いて身を起こした。しこうして邯鄲(趙の都)の周囲で 鉄冶(鉄鉱石を溶かし鉄をとりだすこと)を以って産業を成(な)すを思うままにして、王者と富(とみ)をひとしくした。

烏氏倮牧及眾斥賣求奇物獻遺戎王

烏氏倮は牧畜(ぼくちく)をして、多くなるに及んで、売りはらって、すぐれた絹物を求め、ひそかに戎王に謹(つつし)んで物を贈った。

戎王什倍其償與之畜畜至用谷量馬牛

戎王はその返礼を十倍にして、これに狗(いぬ 畜は休と音が同じで休(く)=狗(く)?)を与え、
狗(いぬ)は至って谷で用いられ、馬、牛を数(かぞ)えた。

秦始皇帝令倮比封君以時與列臣朝請

秦始皇帝嬴政は烏氏倮に令して封君の比(たぐ)いにさせ、時を以って列臣とともに朝請させた。

而巴[蜀]寡婦清其先得丹穴

しこうして巴(地方名)の寡婦(かふ やもめ)の清は、その先祖は丹(赤色の鉱物)の穴を得て、

而擅其利數世家亦不訾

しこうしてその利(り)を思うままにすること数世代、家もまたうらまれなかった。

清寡婦也能守其業用財自衛不見侵犯

清は寡婦(かふ)であり、その仕事を守ることができ、財を用いて自衛(じえい)して、侵犯(しんぱん)される目にはあわなかった。

秦皇帝以為貞婦而客之為筑女懷清臺

秦始皇帝嬴政は貞婦と為すを以ってこれを客にまねき、女懐清台を築(きず)きつくった。

夫倮鄙人牧長清窮鄉寡婦

それ、烏氏倮はいなかもので牧畜が長(た)け、清は郷(さと)に窮(きゅう)した寡婦(かふ)であるのに、

禮抗萬乘名顯天下豈非以富邪

礼は万乗に匹敵(ひってき)して、名が天下に顕(あきら)かになったのは、どうして、富(とみ)を以ってしてで非(あら)ざるだろうか。

漢興海內為一開關梁弛山澤之禁

漢が興(おこ)って、海内が一つに為り、関梁を開(ひら)き、山沢の禁を弛(ゆる)め、

是以富商大賈周流天下交易之物莫不通

ここに、富商、大商人を以って天下にあまねく流れさせ、交易(こうえき)の物で通じないものはなくなり、

得其所欲而徙豪傑諸侯彊族於京師

その欲するところを得て、しこうして、豪傑(ごうけつ)、諸侯、強族を京師(みやこ)に移した。

關中自汧雍以東至河華膏壤沃野千里

関中は汧(川名)、雍(川名)以東より河、華に至るまで、肥沃な土地が千里、

自虞夏之貢以為上田而公劉適邠

虞(帝舜の国)、夏(帝禹の国)の貢(税法の名)より上田(じょうでん)と為すを以ってして、公劉(后稷の曾孫)は邠におもむき、

大王王季在岐文王作豐

大王(古公亶父)、王季(季歴)は岐に在住し、周文王姫昌は豐(都市名)を作り、

武王治鎬故其民猶有先王之遺風

周武王姫発は鎬(都市名)を治(おさ)め、故(ゆえ)にその民は猶(なお)先王の遺風(いふう)を有(ゆう)し、

好稼穡殖五穀地重重為邪

稼穡(かしょく 農事)を好み、五穀を育て、地は重く、くりかえし作られたのだろうか。

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