扶義俶儻不令己失時立功名於天下作七十列傳
義(ぎ)をたすけ俶儻(てきとう)と才気が高くすぐれ、己(おのれ)をして好機を失わせず、功名(こうみょう)を天下に立てるは七十の列伝に作られた。
凡百三十篇五十二萬六千五百字為太史公書
凡(およ)そ百三十篇、五十二万六千五百字が太史公の書に為った。
序略以拾遺補闕成一家之言厥協六經異傳
あらましを順序だて、抜け落ちたものを拾(ひろ)い、欠けたものを補(おぎな)うを以って、一家(司馬氏)の言(げん)を成(な)すは、それ、六経のすぐれた伝に和合(わごう)し、
整齊百家雜語藏之名山副在京師俟後世聖人君子第七十
百家のいろいろな言葉をととのえた。これを名山におさめしまっておき、写(うつ)しは京師(みやこ)において後世の聖人、君子を待つのが、第七十。
太史公曰余述歷黃帝以來至太初而訖百三十篇
太史公曰く、「わたしは黄帝以来、太初(年間名)に至るまでを順序だてて述(の)べて百三十篇におよんだ」と。
今日で史記 太史公自序は終わりです。明日からは史記 礼書に入ります。
義(ぎ)をたすけ俶儻(てきとう)と才気が高くすぐれ、己(おのれ)をして好機を失わせず、功名(こうみょう)を天下に立てるは七十の列伝に作られた。
凡百三十篇五十二萬六千五百字為太史公書
凡(およ)そ百三十篇、五十二万六千五百字が太史公の書に為った。
序略以拾遺補闕成一家之言厥協六經異傳
あらましを順序だて、抜け落ちたものを拾(ひろ)い、欠けたものを補(おぎな)うを以って、一家(司馬氏)の言(げん)を成(な)すは、それ、六経のすぐれた伝に和合(わごう)し、
整齊百家雜語藏之名山副在京師俟後世聖人君子第七十
百家のいろいろな言葉をととのえた。これを名山におさめしまっておき、写(うつ)しは京師(みやこ)において後世の聖人、君子を待つのが、第七十。
太史公曰余述歷黃帝以來至太初而訖百三十篇
太史公曰く、「わたしは黄帝以来、太初(年間名)に至るまでを順序だてて述(の)べて百三十篇におよんだ」と。
今日で史記 太史公自序は終わりです。明日からは史記 礼書に入ります。