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齊王廣龍且并軍與信戰未合

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齊王廣龍且并軍與信戰未合

斉王田広、楚将龍且は軍を併(あ)わせて漢相国韓信大将軍とともに戦おうとしたが、未(ま)だ合(あ)わないうちに、

人或說龍且曰漢兵遠鬬窮戰

人の或(あ)る者が楚将龍且に説(と)いて曰く、「漢兵は遠く闘(たたか)い、戦いを窮(きわ)め、

其鋒不可當齊楚自居其地戰

その切っ先(きっさき)は当(あ)てるべきではありません。斉、楚は自(みずか)らをその地に居(い)て戦い、

兵易敗散不如深壁令齊王使其信臣招所亡城

兵は敗(やぶ)れてちりじりになり易(やす)いです。とりでの壁を深くするにこしたことはありません。斉王田広に令(れい)して、その信頼できる臣下をつかわし、城邑を亡(ほろ)ぼされたところを招(まね)かせるのです。

亡城聞其王在楚來救必反漢

亡(ほろ)ぼされた城邑はその王(斉王田広)が在(あ)って、楚が救援に来たことを聞けば、必ず漢に叛(そむ)くでしょう。

漢兵二千里客居齊城皆反之其勢無所得食

漢兵は二千里(一里150m換算で約300km)たびずまいをしており、斉の城邑が皆(みな)これに
叛(そむ)けば、その情勢は食糧を得るところ無く、

可無戰而降也龍且曰吾平生知韓信為人

戦わないで降(くだ)すことができます」と。楚将龍且曰く、「吾(われ)は普段から韓信の人と為りを
知っているが、

易與耳且夫救齊不戰而降之吾何功

与(くみ)し易(やす)いだけである。且(か)つそれ、斉を救援するに戦わずしてこれを降(くだ)せば、吾(われ)は何を手柄にしようか。

今戰而勝之齊之半可得何為止

今、戦ってこれに勝てば、斉の半分は得ることができ、どうして止(とど)まったりしようか」と。

遂戰與信夾濰水陳韓信乃夜令人為萬餘囊

遂(つい)に戦い、漢相国韓信大将軍と濰水をはさんで陣営(じんえい)をしいた。漢相国韓信大将軍はそこで、夜、人に令(れい)して一万余の嚢(ふくろ)をつくらせ、

滿盛沙壅水上流引軍半渡

砂(すな)を盛(も)って満(み)たし、川の上流をせき止めて、漢軍の半分を引いて渡(わた)り、

擊龍且詳不勝還走龍且果喜曰

楚将龍且軍を撃(う)ち、勝たなかったふりをして、走り還(かえ)った。楚将龍且は果(は)たして喜び曰く、

固知信怯也遂追信渡水信使人決壅囊

「固(もと)より韓信の臆病は知っていたのだ」と。遂(つい)に漢相国韓信大将軍を追って川を渡(わた)った。漢相国韓信大将軍は人をつかわし土嚢(どのう)の堰(せき)を決壊(けっかい)させた。

水大至龍且軍大半不得渡即急擊殺龍且

水が大いに至った。楚将龍且軍の大半(たいはん)が渡(わた)ることを得ず、すなわち、急いで撃(う)ち、楚将龍且を殺した。

龍且水東軍散走齊王廣亡去

楚将龍且の濰水の東(ひがし)側の軍はちりじりになって逃走し、斉王田広は逃亡して去った。

信遂追北至城陽皆虜楚卒

漢相国韓信大将軍は遂(つい)に北に追いかけて城陽に至り、皆(みな)楚の歩兵を虜(とりこ)にした。

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