而大農顏異誅初異為濟南亭長以廉直稍遷至九卿
しこうして、大農の顔異が誅(ちゅう)された。初(以前)、顔異は済南の亭長と為り、廉直(れんちょく)を以って稍(次第に)遷(うつ)って九卿に至った。
上與張湯既造白鹿皮幣問異
上(漢孝武帝劉徹)が御史大夫張湯と既(すで)に白鹿の皮幣を造(つく)り、大農顔異に問うた。
異曰今王侯朝賀以蒼璧直數千
顔異曰く、「今、王侯は朝賀するに蒼璧(青い宝石)の数千に直(あたいする)するを以ってし、
而其皮薦反四十萬本末不相稱天子不說
しこうしてその皮の薦(しきもの)が反(ぎゃくに)四十万では、本(もと)と末(すえ)が相(あい)称(つりあう)しません」と。天子(漢孝武帝劉徹)は悦(よろこ)ばなかった。
しこうして、大農の顔異が誅(ちゅう)された。初(以前)、顔異は済南の亭長と為り、廉直(れんちょく)を以って稍(次第に)遷(うつ)って九卿に至った。
上與張湯既造白鹿皮幣問異
上(漢孝武帝劉徹)が御史大夫張湯と既(すで)に白鹿の皮幣を造(つく)り、大農顔異に問うた。
異曰今王侯朝賀以蒼璧直數千
顔異曰く、「今、王侯は朝賀するに蒼璧(青い宝石)の数千に直(あたいする)するを以ってし、
而其皮薦反四十萬本末不相稱天子不說
しこうしてその皮の薦(しきもの)が反(ぎゃくに)四十万では、本(もと)と末(すえ)が相(あい)称(つりあう)しません」と。天子(漢孝武帝劉徹)は悦(よろこ)ばなかった。